長い長い入院生活を終えてようやく部活にも復帰したというのに、何だか部内がざわついている。赤也がなんだって? 丸井が恋? ……随分と面白いことになっているみたいだ。
柳から事の顛末を聞いて、俺はなるほどねと笑いながら丸井を見た。部活が終わった夕方、制服に着替えながら、何やらブツブツと呟いている。
「そんなに可愛い子なのかい? 室町さんって」
「!? ……な、何言ってんの、幸村君」
「えー? だってさ、」
気になるじゃないか。なんて、野次馬根性もいいところだ。本人にとってはいい迷惑だろうが、俺たち他の部員にとっては暇つぶしのゴシップでしかない。丸井は少し赤い顔でうーんと唸ってから、小さく呟く。
「まあ、それなりに……」って、へえ、そんな顔もするんだなあ。
「この間一緒に遊んだんだろ? 何そんなに不安そうな顔してるのさ?」
「べっ、別に不安なんかねぇけどよ……」
「アレじゃろ? 意識して声かけづらいんじゃて、ブンちゃんは。のぅ」
「にっ、仁王、なな、何言って……っ」
「同じクラスじゃけんのう。後ろの席からよう見えとるよ」
俺と丸井の会話に横槍を入れてきた仁王は、ワイシャツのボタンを留めないまま楽しそうに口を開く。相変わらずよく口が回るな、仁王は。自分と室町さんの教室での様子を部室で皆に暴露された丸井は先ほどの照れとは違う、羞恥と怒りがないまぜになった真っ赤な顔で叫んだ。
「わーっ、ストップストップ!!」
「なんじゃ。ネタはまだまだあるぜよ。確か今日の昼休みは――」
「お願いしますマジでやめて!!」
賑やかしくなってきた室内で、俺は楽しくなって笑みが零れる。今日も結構ハードな内容だったのに、まだそんな体力が残っているのかと感心してしまうほどに。
「……そんなに気になるなら、告白しちゃえば?」
「は……っ?」
「あまり悠長に構えていたら、すぐに他の人に取られちゃうかもしれないだろ」
俺の言葉に、丸井の動きがぴたりと止まった。何か反論しようと口を開閉させた丸井は、しかし言葉にならずにぎゅっと唇を結んだ。
静まりかけた部室の中、ずっと黙っていた柳が口を開く。
「確かにその通りだぞ、丸井」
「柳……?」
「室町は密かに人気が高いからな。昨日も後輩の男子に映画に誘われていたぞ」
「えぇ!? 何でんなこと知ってんだよぃ!」
「データだ」
「とるなよ!!」
二人のやり取りは軽快なコントを見ているようで結構楽しかったのだが、しかし柳の言葉は思いの外丸井にダメージを与えたようで、俯いたまま黙ってしまった。やがて、
「……俺、するよ」
静かに、口にする。
「告白」
おぉ、頑張ってください! 赤也が声を上げた。
「……ピヨ」
見れば先ほどまで大いに丸井をからかっていた仁王は、目を見開いて固まってしまっている。勿論俺や柳も、傍観していたジャッカルも柳生も驚いた。けしかけておいて何だけど、丸井の口からそんな言葉が出てくるなんて思ってもみなかったからだ。あれ、そういえば真田は先に部誌を先生に持っていくと言ってまだ戻ってきていないなあ。こんな楽しい話の最中にいないなんて、可哀想に。まあ、真田のことだからきっと「中学生が恋愛など、たるんどる!」なんて言うんだろうな。丸井にしてみれば、この場に真田は居ない方が良いのかも知れない。
「じゃあ、そうと決まれば急がないとね」
「……へ?」
「俺の情報に寄れば、彼女は図書委員の仕事でまだ校内にいる」
「だから何で知ってんだよぃ」
まさか今すぐになんてことになるとは思っていなかったのだろう。データノートを開いている柳にツッコミをいれてから、でもアイツの番号知らないし、と丸井。
「それは任せてくださいよ先輩」
「げっ、赤也……そうだ、お前がいたんだよな……」
「鶴沙先輩のメールアドレスも電話番号も完璧っすよ。口頭でも言えますって」
「ストーカーかよ。逆に怖えーよ!」
言いながら携帯を開く赤也に、逃げ道は用意されてなどいないと悟った丸井は静かに肩を落とし、覚悟を決めたらしかった。
「わかったよぃ。赤也、室町のメアド、教えてくれ」
その後、勿論出張亀しようとしていた俺たちだったが、丸井が充血した必死な形相で睨んできたため追うのを諦めた。
それからどうなったのかは、翌朝学校で丸井に会った瞬間すべてわかってしまうのだけど。
「……俺にはハードルが高かった」
うん、みんな、知ってたよ。可愛いなあ、ブン太は。