03(切原)




     俺のせいなんだろうなあ。
     先輩たちには悪いことをしたと思う。でも、わかるわけねぇじゃんか。ジャッカル先輩や柳先輩は「二人を見ていればわかるだろう」って言うけど、俺にはさっぱりだ。なんで、ちゃんと伝えないんだろう。断られるのが怖い? そんなの、振られたら振られたときに考えればいいだけだ。
     先輩が丸井先輩を、丸井先輩が先輩を好きなのは馬鹿な俺でも理解できた。まあ、そうなるまでに随分とふたりの邪魔をしちまった気がするけど、過ぎたもんは仕方ない。反省よりもまず、どうやって失敗を取り返すかだ。
     仁王先輩は「好きにするナリ」とか言って面白がってるし、ジャッカル先輩は「お前は余計なことをしないほうがいい」なんて、まるで腫れもの扱いだ。俺だってやるときはやる男だってわからせてやる。
     そう意気込んだ矢先、ケータイのメールを知らせる機械音が響いた。それは、タイムリーなことに丸井先輩からだった。

     次の日曜、オフだろ? ちょっと付き合え。

     遊びの誘いだった。絵文字も顔文字もなく、丸井先輩にしてはテンションの低い字面に、機嫌悪いんだなあというのが見て取れる。仁王先輩の話によると、あれ以来丸井先輩と先輩は教室でも話さなくなったらしいし。丸井先輩も素直じゃねぇから、中々謝るタイミングが見つけられないんだとか。
     さて、どうするか。
     俺は携帯を手に、自分しかいない部屋でにやりと笑った。



    「おっせーな、赤也のやつ……」

     丸井先輩は時計を見ながらぶつぶつと何やら呟いていた。けど、俺はその待ち合わせ場所には行かない。こそこそと植え込みから、その「時間」が来るのを待っていた。

    「ごめん、赤也君。遅くな――」
    「遅ぇよ赤也! 十五分もちこ……く」

     ぴたりと、二人の時間が止まった気がした。まあ、実際に動きも止まったわけだけど。
     何でお前が? 何で丸井君が? 混乱する二人は、整理するように「俺は赤也を遊びに誘って」「私は赤也君に呼び出されて……」と言ったところで、俺が犯人であることを理解したふたりは、特に丸井先輩は、大きくため息を吐いて小さく口を動かした。たぶん、「赤也のやつ……」とか、そんなとこだろう。
     だってなんか、嫌じゃんか。俺のせいで二人が険悪になるのとか、耐えらんねえ。俺は先輩が好きだけどカノジョにしたいかって言われたら別にそうじゃねぇし、丸井先輩は一緒にいて楽しい兄貴みたいな感じだし。だから俺は、ふたりのために一肌脱ごうと決めたんだ。まあ、この後の策があるかと聞かれれば、うん、ないんだけど。
     でもほら、俺の予想は外れちゃいない。丸井先輩だってやる時はやる。ここで帰るようなら男じゃねー! そうっすよね、丸井先輩。

    「……あの、さ」
    「うん?」
    「赤也に付き合わそうと思ったんだけど……一緒に行かねぇ?」

     そう言って丸井先輩が手にしていたのは、ケーキバイキングの割引券だった。げげ、行かなくて良かった。甘いもの嫌いじゃないけど、丸井先輩に付き合ったら胸焼けするくらい食うし食わされるんだよな。
     有効期限が今日までだから、もったいねえだろい。丸井先輩が照れ隠しにそう言って後ろを向いた。ああもう、何してんすか。そんな態度じゃ先輩が帰っちゃうんじゃ……

    「……うん、行く」

     と思ったけど、先輩は頬を染めて、俯いたまま嬉しそうに言うのだった。丸井先輩、後ろ向いてて勿体ねぇ。今の先輩は、めちゃくちゃ可愛い顔してたのに。
     二人はぎこちなく会話を交わしながら、目的地であるケーキ屋へと足を運んだ。無論俺がそこへ入ることはできないので、向かいのコンビニで弁当を買って食ったり立ち読みしたりと、一人で時間を潰した。たまに向けられる店員の視線が痛かった。ケーキ屋の窓ガラスから時折楽しそうな二人の姿が見えて、上手くいったのだと安堵する。上手くとはいっても、あの丸井先輩が告白なんて簡単に出来るわけもないから、仲直りした程度なんだろうけど。それでも、先輩が嬉しそうだし、丸井先輩もいつもどおりの顔だったから、良かった。もう、これ以上は必要ないよな。俺もそこまで野暮じゃねぇし、帰ることに決めた。なんか虚しいし。
     帰宅して、そういえば明日の宿題何も手つけてねぇと思いながらベッドにダイブしてゲームの電源をつける。宿題なんてする気にもなれないというかするつもりもなかったし、いつも通りだ。しばらくすると、母親に呼ばれ顔を上げた。面倒で、声だけで用件を聞けば、先輩が来たとのこと。慌てて部屋を出れば、本人は既に帰ってしまっていた。そのかわりに、母親が手にしていたケーキの箱には「今日はありがとう」とメッセージが添えられていた。喜んでもらえて何よりっす。

    「はよーっす」
    「……よぉ」
    「ま、丸井先輩」

     翌朝。眠たさに瞼を擦りながらも朝練に参加した俺に、背後から丸井先輩が忍び寄ってきて、ガッと肩を組まれた。昨日のこと、勝手な事したって怒られるか? いや、でも俺は何も悪いことしてないしっ!

    「……このお節介野郎」
    「す、すみませ……」
    「でも、サンキュ」

     すっと解放されて、丸井先輩は先に更衣室へと入っていく。ほら、やっぱり俺だってやる時ゃやるんですよ。
     ガッツポーズを決める俺の後ろで、「元はといえばお前のせいだからな」とジャッカル先輩が呟いた。……サーセン。

    to be continued...





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