03




    「3組の春日井、美人だよなぁ」
    「あー、気取ってなくて話しかけやすいしな」

     隣の席で交わされる会話が耳に入る。どこのクラスの誰それが可愛いだとか美人だとか、別にその人を本気で好きなわけではないのに。盛り上がるのは、その場の雰囲気だろうか。

    「青八木もそう思うだろ?」
    「え」

     急に話しかけられ、本気で驚いた。特に仲が良いわけでもないやつに、そんな話を振るなと思う。

    「俺は……興味、ない」

     悪いけど、と付け加える。

    「だよなー」

     その肯定は、俺のようなやつには恋愛など似合わないという意味だろうか。

    「……」

     他の誰かには、興味がない。
     俺は器用じゃないから、あまり多くの人間に関心を寄せることは出来ない。
     相棒の手嶋純太と、自転車部の仲間達。そして、という異性の存在だけ。

    「青八木、行こうぜ」

     移動教室で、教科書とノートを持って席を立つ。視界の端で、が少し慌てた様子で本を閉じるのが見えた。次が移動であることを忘れていたようで、可愛いと思った。

    「さん日直じゃなかったか? 急がないと怒られるぜ」
    「う、うん」

     純太が少し大袈裟に声をかけて、彼女を急かす。慌てて取り出した筆入れやノートが床に散らばってまた慌てるがいる。純太を見れば、少し悪い顔をしていた。相変わらずの策士っぷりだ。
     以前のプリントと同じように拾って、今度は返さずにそれをしっかりと抱える。

    「俺が持って行くから、」
    「え、あっ」
    「日直の仕事あるだろ? 先に行けってさ」

     純太が言葉足らずの俺の意思を口に出してくれて、数回目を瞬かせてやっと理解したが「ありがとう」と少し微笑んだ。

    「……ッ」
    「だってさ。良かったな?」

     良かったな、なんて簡単に言ってくれる。今更だけどこれ以上好きになったって、彼女が俺に振り向いてくれるわけではないのに。小さな親切をどれだけ繰り返しても、の中で俺は単なる「いい人」止まり。それじゃ意味がない。俺はあいつの一番に、なりたいんだ。

    「……俺達も、行こう」

     のノートと筆入れを自分の物の上に重ね、いつもより大切に抱えた。この手で、彼女自身に触れられたら。そんな妄想ばかりを繰り広げ、叶わない現実に憮然とする。

    「大丈夫だよ」
    「……?」

     隣を歩く純太が前向きな発言をする。珍しいな、と思うと同時に、純太が言うなら本当に大丈夫なような気がした。根拠などどこにもありはしないのに。



    「珍しいね、さん。今日パンなんだ」
    「え……ええ」

     クラスの女子が、昼休みに教室でパン屋の袋を広げたを見て声をかけていた。今日は天気があまり良くなくて、中庭には出られないから、彼女の姿を近くに感じながら昼食を摂る。嬉しい。それだけでも十分だったのに、驚きと照れくささで目を泳がせるの、手元の袋を見て俺はつい口を挟んでしまう。

    「……田所さん家の、」
    「!」

     の取り出した袋には田所パンのロゴマーク。ちょうど今日は俺も同じ袋だ。

    「……俺も今朝、余り物って、貰った」
    「そう、なんだ」

     そういえばいつもは小さな弁当箱を持ってきていたのを思い出す。恐らくは、余ったパンをもバイト帰りに持たされたのだろう。偶然だけど、教室だけど。同じものを、同じ場所で食べる。そのことが、たまらなく嬉しいと感じる。
     田所さんの家のパンは、全体的に値段の割にボリュームがある。俺には大変嬉しいことだが、いつもの食事量から見れば、にとってパン3つは多いと思われる。

    「……あ、青八木君、足りる? もし良かったら、貰って……」

    「どうぞ」と、そう言って差し出してきた3つの中から、躊躇いつつもメロンパンを取った。俺が貰ったのは焼きそばパンとかコロッケパンのような調理パンで、の持っているのは甘い菓子パンだった。女子だから、なのだろうか。

    「たくさん食べろ、って、先輩が……」
    「ああ……」

     言う。あの人なら、絶対。でかくなるためにはもっと食え、と俺もよく言われる。けど、は小さいくらいでいい。断じて俺の背が低いから、などではない。

    「アルバイトのこと、田所さんから聞いた」
    「あ、そうなんだ……なんだか恥ずかしい」

     照れて笑うが、今までより少しだけ近くに感じて。パンの袋を開けた俺は、彼女が驚くほどの勢いでそれらを胃におさめていく。浮ついたこの気持ちを、誤魔化すように。

    「青八木君、意外とよく食べるのね。やっぱり運動部は体力使うもんね」
    「!」

     4つ目を食べる途中で手を止める。動きを止めた俺とは正反対には特に気にした様子もなく半分に割ったクリームパンを食べていた。
     知っていたのか。俺が、自転車競技部だって。陰で暗くて地味だなどと言われるこの俺が、派手なロードレーサーに乗っていること。特に話をしたことも、なかったのに。

    「知って、たのか」

    「えっ? あ、うん……田所先輩に話聞いてるし。それにね、たまに見かけるよ。私バス通学だけど、青八木君がかっこいい自転車で坂登って行くとこ」
    「……」

     かっこいい。それは自転車に対する言葉で、俺ではない。俺のことじゃないけれど、じわじわと胸のあたりが熱くなる。少しペースダウンしながら、残りのパンを食べた。この気持ちを、誤魔化すように。

    to be continued...





      Back Top Next