「ふう……なんとかなったかしら?」
「あ、あの、センリツ……私っ」
襲ってきた敵をあらかた片付けたファミリー組員は、誰一人疲れを見せてはいなかった。流石はハンター、と感心してばかりも居られない。
「ええ、早くクラピカのところへ行ってらっしゃいな」
「ありがとう!」
大会が始まる前から姿を消したクラピカ。恐らく彼とてこの状況を予測していたはずは無いので、はとても心配だった。いつの間にかロックが解除されている出入り口から廊下へ出て、走る。クラピカがどこへ向かったのかなど到底解るはずもなかったが、それでも走るほか道はないのだ。
バタバタとあまり上品ではない音を立てながら迷走するだったが、突然目の前に一人の男が現れる。どこか見覚えのあるその男は、更に聞き覚えのある台詞を口にする。
「ねぇ、キミ。誰かヒトを探しているのかい?」
「あ、あなたは……いつかの!」
は男に会ったことがあった。半年ほど前、クルタ族の生き残りを探しに他国へと渡ったクラピカが心配でセンリツの手引きで後を追った先で、彼は全く同じ言葉を発したのだった。そしての望む通りにクラピカの元へ連れて行ってくれたのだが、クラピカや彼の仲間の反応を見るにあまり友好的な関係ではないことがわかった。確か、ヒソカと呼ばれていた気がするが、彼は一体何者なのかと尋ねてみても、クラピカには上手くはぐらかされて結局この男が何者なのかは解らないままだったのだ。
あのクラピカが警戒していたのだ、うかつに近づいていい相手ではないのだろう。
「な、何の、用ですか……っ」
「おや。キミ、念を覚えたのかい?」
「!」
知らなかった。今でも抑えているのだろうが、ヒソカが纏うオーラは師やクラピカのものとは根本的に異質なものだったのだ。恐ろしい、とすら感じるほどに。
「わ、私は急いでいるので、これで……っ」
恐怖を振り払うように、がヒソカの脇を通り過ぎようとすると、不適に笑みを浮かべた道化風の男はの腕を強く掴んで、そっちじゃないよ、と言った。
「彼のところへ、連れて行ってあげようか」
「え……」
「ボクはキミを、迎えに来たんだ」
ヒソカはクラピカの場所を知っている。前回も、そして今回もきっと、彼は物語の傍観者を決め込んでいるのだ。その上で、外から必要なカードを切る。一体何がしたいのかは本人以外に解る由もないが、恐らく意味は無いのだろう。単なる暇つぶし、という声が聞こえてきそうだった。
「クラピカ!」
「貴女はあの時のお嬢さん!?」
「……、何故、君が此処へ……っ、ヒソカ、またお前かっ」
ソファに横になっているクラピカの傍に寄れば、介抱してくれていたらしいスーツの男がに反応を示す。確か、クラピカの仲間で以前も病院で一緒に居た男だった。レオリオ、と言っただろうか。の声に身動ぎをしたクラピカだったが、額には玉の汗が浮かんでいて、明らかに尋常ではない苦しみ方だった。
「だって、戻って来ないから……私本当に心配で! 貴方はいつも無茶ばかりするから!」
「……そう、だな。この通りだ……」
情けない、と小さくクラピカの唇が動く。しかし、そうではないのだ。
「死なない、よね……?」
不安げに呟いた言葉に、答える者は誰もいなかった。その直後に、廊下の奥から二つの足音が響いてくる。
「クラピカ!! それにヒソカ……!?」
「って、オイ、俺は!?」
「何があったの!?」
二人の少年が、横たわり苦しげに呻くクラピカを目にして驚きの表情を浮かべる。彼らとはあまり言葉を交わした記憶がなかったが、帰り際の飛行場で紹介してもらったことを思い出す。黒髪の少年ゴンと、その友人で白髪のキルアという少年。二人はを一度だけ視界に入れたが、の存在について口を開くよりも先にヒソカが発した言葉に目を見開いた。
「ジェドって人の血を打たれたみたいなんだ」
「え!?」
「念が使えなくなったみたいだよ。怨と誓約しないと死んじゃうらしい」
「そんな……!?」
愕然とする。
怨とは何? 誓約するとクラピカはどうなってしまうの? 私に出来ることは、ない?
苦しむクラピカを見て気が動転したは、未だ余裕の表情でトランプをいじっている男に詰め寄った。
「どうしたらいいの? ねえ、貴方が私を連れてきたんでしょう!? 何とかしてよ!」
「おやおや、随分と情熱的だね」
傍らでレオリオは、ヒソカに掴みかかるなんて怖いもの知らずだ、とハラハラと事の成り行きを見ているしか出来なかった。弱々しい声でクラピカがを諌める。
「止めろ、……私なら大丈夫、だ」
「でも……!」
クラピカは心配そうに顔を覗き込んでいるゴンへと、大丈夫だから皆を助けろと言った。その中に自分自身のことは含まれていなくて、は泣きそうに顔を歪めた。だが、クラピカの手を握るゴンという少年が、力強い声をかけるのだ。
「皆は助ける。でも、クラピカも助ける! だって、仲間でしょ!?」
何か秘策があるわけでもなく、自信たっぷりに言い放つゴンにが呆気にとられていると、ヒソカが自分の服を掴んでいるの手を解きながら呟く。
「そのジェドってやつを倒すしかないようだね」
「!」
カードは揃った。最後の敵を倒すのに手段を選んではいられない。
トランプ手品を披露しながら謎の発言を残し去っていくヒソカに、ゴンとキルアは共にこの窮地を脱するために首謀者を倒しに向かった。
「お願いだから、死なないでよ……もう一人には、しないで」
脳裏に浮かぶのは、流行り病で全滅した故郷の村。そしてクルタ族虐殺のニュース。
はもう二度と、残される側になりたくないと強く想った。
一刻が経つと、クラピカの表情が和らいでいった。ゴンがやったんだ、と嬉しそうに声を上げるレオリオ。怨が身体から消えても直後であるためか少々辛そうなクラピカだったが、ゆっくりと身体を起こし、やがて立ち上がる。
「本当に大丈夫なの?」
「ああ、もう大丈夫だ。屋上へ行こう、ゴンの顔が見たい」
「おう」
仲間に会うために屋上へ向かおうとするクラピカに、は心底ホッとした。彼は本当に良い仲間に巡り会えたのだと。
「、行かないのか?」
「私は、行かない。水を差してはいけないし、ほら、お嬢様が心配だわ」
「センリツ達がいるから、心配は要らないと思うが……」
クラピカの呟きに、そうではないのだとは答える。心配なのは、別にネオン本人ではなかった。
「私もクラピカも抜けてきているから、誰がネオン様のお相手をするのかなって……」
「……ああ」
確かに、能天気なネオンはこのくらいの危機など物ともしないだろう。むしろ、変わらないテンションに付き合わされる組の連中の方が心配になるのも無理は無い。
「私は先に戻っているから、ゆっくりしてきて」
「……心配をかけて、すまなかったな」
「本当にね。埋め合わせを後でちゃんとしてくれれば許してあげるわ」
そう言い残し、は廊下を駆けてゆく。別の意味で観覧席が惨状になっていないか、心配だ。
会場へ戻ると、案の定本日の大会は中止。明日改めて、というアナウンスが流れていた。ネオンは不貞腐れていて、センリツを始めとした組員達は疲れきった表情を浮かべていたが、が戻るのを見てセンリツは「よく戻ってきてくれたわ」と心の底から安堵し、ネオンも嬉しそうだった。間も無くしてクラピカが戻ると、予約していたホテルへと向かい各々休んだ。既に夜が明けているためあまり体を休めることは出来なかったが、文句ばかりも言っていられない。朝、すぐに身支度を整えて再び天空闘技場にてバトルオリンピアを観戦する。それは本来ならとても迫力があるものだったのだろうが、昨夜の戦いを目にしているからか、全体的に盛り上がりにかけていたような気もする。ネオンは飽きて途中から舟を漕いでいたほどだ。
大会が終了すると車で空港へと向かった。途中のデパートでは例の如くとセンリツがネオンの買い物につき合わされ、クラピカ達はひたすら外で待機することになったのだが、そのかわりに後の車中では彼女の機嫌がとても良かった。それから荷物が多かった為クラピカ、センリツらと共に後ろの車に乗ろうとしただったが、ネオンがと一緒が良いと我を通したことで、結局は大量のぬいぐるみや雑貨に埋もれながらネオンの隣に座ることになったのだった。
「楽しかったね、!」
「は、はい……」
行きも帰りも更に滞在中ですらロクに寝られず、帰宅してからが泥のように眠りに就いたのは言うまでもない。