働きすぎだ、とセンリツや他の仕事仲間たちから叱咤され、クラピカは強制的に久しぶりの休みを取らされた。しかし、これまでずっと緋の眼を集めることしか考えていなかったのだから、今更なにをしたら良いのかも解らずに暇を持て余していた。とりあえず本でも読んでみようかと適当な図書を手に取り開いたところで、部屋の扉が控えめに叩かれる。ドアの向こうから聞こえた想い人の声に、クラピカは入るよう促す。
「あ、読書中だった? 邪魔をしてごめんなさい」
「いや……暇だったからな。適当に開いただけだから気にするな」
そう言うと、クラピカは読まないまま本を閉じると元の場所へと戻した。何か用か、と問いかけると、はふわりと微笑んで、
「私、お休み頂いたから出かけてくるね」
「ああ」
「それじゃあ、一週間ほど留守にするから」
「……は?」
街に買い物にでも言ってくるというような雰囲気でさらりと告げるに、クラピカは勢い良く顔を上げる。の顔を見ても、さも当然と言った風ににこやかに佇んでいるだけだった。センリツと被って見えるそれは、大人の女性の余裕とでも言うのだろうか。
「一週間って……一体どこへ行くと言うのだ?」
「ちょっと帰省しようかなと思って」
はそう言って、用意していたらしい旅行鞄をクラピカに見せた。しかし、彼女の故郷は既に滅んでいて、クラピカ同様に帰る場所など無い。即ち、彼女が帰省と言うそれは、いわゆる墓参りのことだった。
「……」
「ん、どうしたの?」
本を閉じたまま黙り込んだクラピカに、は微笑んで尋ねる。恐らく彼女はわかっていて、意地悪のつもりでそんなことを聞いているのだろう。クラピカはひとつ溜息を吐いて、立ち上がる。
「私も、同行する」
「そう? 行かないって言うと思ってた」
「嘘を吐くな」
楽しそうに笑うに、クラピカはほとほと呆れた。初めから飛行船のチケットを二人分手配していた用意周到さに相変わらず敵わないなと呟きながら、必要な旅荷物をまとめる。ハンター試験以来、使うことは無いと思っていた大きな鞄。
同胞の瞳を全て取り戻すまで、故郷には戻らないと思っていた。そもそも自分が幸せになることなどありえないと、そう考えてすらいたのだ。仲間を守れなかった自分が何故、と。
「クラピカ? 支度できた?」
「……ああ、大丈夫だ」
それでも、最期の時まで一緒に居たいと言ってくれた人を、突き放すことはどうしても出来なかったのだ。皆の瞳は必ず取り戻す。だから、あと少しだけ。
「変わっていないわね。相変わらず荒れ放題だわ」
「そう、だな。君が居なくなって手入れがされていないから、些か汚れが目立つが……」
「仕方ないことよ、それは。だからこうして私が会いに来たのだもの」
墓石の代わりに立てられた墓標や小さな石を、は一つ一つ丁寧に磨いた。クラピカも手伝いを申し出て、二人で作業をしていく中、が小さく声を上げた。
「ねえ、見て」
「?」
屈み込んだの視線の先、促されるままにクラピカが覗き込むと、そこには小さな芽が顔を出していた。
「草花はどこにでも芽吹くのね。きっと、数年後、数十年後にはこの場所も森の一部になるんだわ」
流行り病で絶滅したこの地に息吹く小さな命。それは、彼女にとって救いだった。天に昇った命が土に還り、再びこの地を緑で埋め尽くす。そうしてまた、いつかこの場所で育つ命があるのだろう。
「クラピカ」
「なんだ?」
若芽を見つめながら、が短くその名を呼ぶ。呼ばれたクラピカもまた短く返事をしたが、やや暫く彼女は真っ直ぐ前を向いたまま、口を開くことはなかった。やがて、意を決したように言葉が発せられる。
「私、ハンター試験を受けてみようと思うの」
「!」
いつだったか、昔のはハンターに興味は無いと言っていた。姉のシーラが帰って来なくなって何年も経ち、ハンターと言う存在が恨めしく思っていたに違いない。五年越しに再会して、クラピカがハンターになったことを知ったときも、はそうなんだと大して興味も無さそうに口にしただけだった。それなのに、どうして今更という思いが拭えない。クラピカがその理由を尋ねる前に、が続ける。
「シーラや、貴方が見てきた世界を、私も見たいと思ったの」
念を学びたかったのだってそうだ。いつか死に行く想い人を、ただ見送るだけなんて嫌だった。だからは念を覚えたし、ハンターになろうとも思った。この先、どこへ行ってもクラピカの力になりたかったのだ。
「また、会えるなんて思ってなかった……私はずっとひとりで生きていくんだって、そう思っていたの」
「……」
「だけど、貴方は戻ってきてくれたわ。もう、あの時のような想いはしたくない」
心にぽっかりと穴が開いたようだったと彼女は言った。自分に嘘をついて、後悔を抱えて生きていくのはもう沢山だと。
「受かる保障なんてどこにもないし、もしかしたら死ぬかもしれない、けど。それでも何もしないよりはずっとマシだわ」
それに当時念を使えなかったシーラやクラピカが受かったのだから、きっと自分だって出来るはずだとは笑った。ハンターになれば、少しはクラピカの力になれる。
そうしていつの日か、
「ここに来るとき、言ったよね?」
貴方の最期を看取るのは、絶対に自分だと。
「貴方が最期に呼ぶのは、私の名前じゃなきゃ嫌よ」
「……全く、強い女性だよ、は」
だからこそ、クラピカは惹かれたのだ。自分のことを見捨てず、付き添ってくれるのは、恐らく後にも先にも彼女だけだろう。
「私も、最期に見るのは君の顔がいいな」
親愛なる君へ。どうか最後のときまで、傍に居させて。