「招待状?」
「ああ。は、天空闘技場を知っているか?」
話に聞いたことくらいは、と答える。
買出しのため街に出かけた時に噂話になっていたり朝刊で読んだ記憶もある。天高く聳え立つ、猛者達が集う戦いの場。勝ち続けると多額の賞金が貰えたりフロアマスターという名誉ある称号がもらえたりするらしいのだが、しかしそれが一体どうしたのか。
「来週、その天空闘技場で格闘技の大会――バトルオリンピアが開催されるらしい。ボス宛にコレが届いたんだが、何せあの状態だろう?」
確かに。は頷かざるを得なかった。自分達の雇い主でもあるライト・ノストラード氏であったが、組の立て直しが思うようにいかずに、精神的に病んでいるのだ。その為、現在メディアなどの表に出ているのは娘のネオンなのであった。
「一応他の組の御偉方も来るので、顔を出さないわけにも行かなくてな……」
「ええ、わかったわ。気をつけて行ってきてね」
飛行船のチケットを取るにしても、出発までにはまだ時間はある。クラピカのことだから、恐らく早めに伝えておいてくれようとしたのだろう。そう思い返事をしただったが、クラピカは「いや、そうではないんだ」と口ごもる。
「じゃあ、何?」
「お嬢さんが、どうしてもも一緒にと言っていてな」
「えっと……それって、私も行って大丈夫なの?」
勿論嬉しいのだけれど、以前勝手にクラピカを追った時は、物凄く怒られたのに。
「四大行はマスターしたのだろう?」
「そう、だけど……」
「それならばもし何かあっても対応出来るだろう。センリツ達も一緒だし、それに先の出来事とは違って、今回は我々が戦うわけではないからな。お嬢さんと一緒に、大会を楽しむといい」
「……貴方がそう言うのなら、お言葉に甘えようかな」
そうしてもらえると助かるよと言って、クラピカはの返事を伝えるためにネオンの部屋へと向った。
「断られたら、私がお嬢さんに怒られてしまうからな」
そんな言葉を残して。
「嫌です」
「だいじょーぶ、ちゃんと似合ってるって!」
「いつもの服で結構です……」
至極楽しそうなネオンに相反して、は不満気に異議を唱える。彼女が身に纏っているのは美しいパーティ用のドレスである。
センリツ達はスーツなのに、との口からは文句しか出てこない。小さな村の出身である自分がこのように着飾ったとしても、場に似合うはずが無い。
「客観的にこちらのドレスも見てみたいと仰るから……」
「だって、客観的にのドレス姿が見たかったんだもん」
「可愛く言ってもダメです」
一度「ね、似合ってるよね?」と話を振られたクラピカも、あくまでノーリアクションを通した。結果、それなら一緒には行かないと言われてしまい、ネオンは渋々了承したのだった。結局、は普段の侍女服に着替え、同行することになった。
が飛行船に乗るのはこれで四度目だ。
一度目は、クラピカと再会してノストラード組へやってきた時。その際は緊張していてよくわからない内に過ぎてしまった。
二度目は緋の眼の情報を得て一人で行ってしまったクラピカが心配で追いかけた時。不安でいっぱいで景色を見る余裕もなかった。
三度目はその復路で、どうして来たのだとか危険であるということなどクラピカに延々説教されることとなった。
そして四度目の今日、心置きなく飛行船の旅を楽しんでいた。
「ねー、次はの番だよ!」
「……流石にそろそろ、他のことをしませんか?」
主にネオンが、であったが。
「じき目的地に着くようです。楽しむのは結構ですが、会場で疲れてしまわないようにして下さい」
「もー、解ってるってば! ね、?」
「……私は自信がありません」
溜息混じりにが呟いた。かれこれもう、二人大富豪を三十八戦もしているのだ。ちなみにの戦績は六勝三十一敗である。最後にもう一勝はしたいものだが、
「あっ」
「やった、あたしの勝ち! これであたしの三十二勝だね!」
の惨敗だった。
「、大丈夫?」
「……ええ、まだ大会は始まってすらいないもの」
結局、飛行船では休むことすら出来なかったは会が始まる前から既に疲れ切っていた。心配そうに声をかけてきたセンリツに大丈夫とは言えないが前向きな返答をしたは、真っ直ぐに闘技場を見た。
クラピカの言っていた他の組のお偉いさんやメディアも来ているのだ、疲れきった顔を晒すわけにはいかない。
「……」
クラピカとセンリツは顔を見合わせ、嘆息した。やはり連れてきたのは間違いだったのかもしれない、と。
「……もし辛いなら、休憩室で休ませて貰うことも可能だが?」
「そこまでしてもらわなくても大丈夫よ。仕事だし、大人ですからね」
「そうか、そうだな」
公の場であるということを考慮して仕事中は極力には話しかけないクラピカであるが、それを通り越して彼女のことを心配した彼は周囲に聞こえないように小さくそう口にした。センリツにだけは全て聞こえているだろうが、彼女は唯一の理解者であるので問題は無い。
ネオンのハイパワーには流石についていけなくなることもあるが、それでもまだ休まなければいけないほどではない。心配性のクラピカの提案を笑顔で断り、はモニターを見た。
「もう始まるみたいですね」
「うんうんっ!」
画面に映った司会女性の軽快なトークを聞きながら、は少しだけ回復した元気でネオンに話しかけた。旅の疲れはあるが、それでもこうした催しは彼女にとってはとても貴重なものなので、楽しみにしていたのである。
「ハンター協会の会長、ネテロ氏です!」モニターが切り替わると、一人の老人が姿を現した。
「あの人が、ハンター協会の会長さん……?」
「ああ、変わった御仁だがな」
見たところかなり年のようだが、彼はいつから会長なのだろう。シーラも世話になったのだろうか。そう思うと何だか他人事とは思えなくて、は真剣にネテロ会長の話に耳を傾けていた。
そんな中、クラピカがゆっくりと会場から出て行くのを、は視界の端で捉える。ネオンには言わず、自分にも告げずに。ただ、センリツが頷いていたことから、彼女には伝えたらしい。彼が勝手なのは今に始まったことではないので、は詮索しないようにした。
会長の挨拶が終わり、余興が始まる。それまで眠そうにしていたネオンだったが、余興のダンスショーはとても楽しんでいるようだった。彼女はそこでクラピカに話を振ろうとして、彼の不在に始めて気がついたようだったけれど。
やがて最初の一戦が始まろうと、モニターに対戦カードが映し出される。強面の大男と、まだあどけなさの残る少年だった。昔クラピカの時にも思ったが、人は見かけによらないと言うか何というか。
「……あら?」
少年の対戦相手である大男がマントを羽織って現れたが、その布の下にあったのはモニターの男とは全く異なる人物だった。
何やら解らない内に、マスクをつけた集団が場内に押し寄せ、混乱が起こる。
「え、何!?」
「お嬢様、危険です!」
身を乗り出すネオンに、が制止の声をかける。その横では、ボディガードの一人が携帯電話を片手に眉を潜めていた。
「くそ、クラピカのやつ、繋がらねぇ……!」
「……遅かったようね」
銃口を向けられ、行動が制限される。明らかに演出とは異なるそれに、は人知れず溜息を吐く他なかった。
やはり、平穏などありはしないのだと。