ハンターとして、情報収集をすることは然して珍しくもない。
各地に緋の眼の情報を求めて根を張り巡らせていたクラピカにとって信じられない朗報が飛び込んできたのは、つい先日のこと。緋の眼ではなく、それを持つ"クルタ族"を見たという情報が入ったのである。それを聞いた瞬間から彼の行動は素早かった。直ぐ様目の前の仕事を片付けたかと思えば、後のことはセンリツに託し、その街へ向かって一人、飛び出してしまったのだった。
「心配かしら?」
ネオンへのお茶を準備しながら溜息を吐いたに、センリツが尋ねる。まあ、という心ない返答に苦笑いが漏れる。
心配といえば心配だが、一族のことに関与しないという約束をした手前、踏み込んでいいものではない。それに彼は、が一人で出歩くことにはあまり良い顔をしないのだ。自分が置き去りにして失ってしまった同朋と重ねているのかは定かではないが、それ故に追う事を躊躇われる。
センリツが、優しく言う。
「深く考えなくても良いと思うわよ。会いたいなら、会いに行けばいいじゃない。クラピカが行った場所はわかっているから、彼の乗った飛行船の手配は私がしてあげる」
無論、クラピカ本人が行き先を告げたわけではない。しかし、提供者とのやり取りの中で漏れた"音"を、センリツが逃すはずがない。彼女はとても耳が良いのだ。その上ハンターとしてはクラピカよりもベテランであり、仕事も出来ることからクラピカやボスからの信頼も厚い。逞しくて優しくて、素敵な人だと、センリツのことをはそう認識していた。
「私、あなたみたいになりたいわ」
「あら、それは光栄ね」
飛行船の予約を取りながら、センリツが笑った。
思い立ったら行動するのが吉だと。
「さあ、行ってらっしゃいな」
クラピカから三日遅れで街に着いたは、一向に鳴らない携帯電話に溜息を吐いた。
あれから何の音沙汰もない。互いにケータイは所持しているはずなのだから、メールくらいあってもいいものを、とは思ったが、そんなことを嘆いている場合ではない。それ以上に、クラピカの身に何か起こっているかも知れないのだ。
まずは、情報収集だ。それがハンターの鉄則だろうと、まだハンターのハの字もかじっていないはクラピカに会うべく周りの住民に彼のことを尋ねてまわった。が、クラピカを見かけたという情報は得られず刻一刻と過ぎ、辺りは夕闇に包まれた。
「どうしよう……今日はどこかに泊まろうかな」
ふと、辺りを見回した。どこか泊まれそうな場所を探すための行動であったが、その瞬間、ある人物がじっとこちらを見つめていることに気がついた。
「ねぇ、キミ。誰かヒトを探しているのかい?」
「え? あ……あの、」
すぐに答えを出せなかったのは、否、出さなかったのは、その人物の奇妙な格好に「只者ではない」と感じたからであった。
ピエロのような化粧と独特な格好。纏う雰囲気は禍々しく、恐ろしいと感じた。しかし怯えるに対してピエロは仮面の笑顔を貼り付けて、こう言うのだった。
「クラピカのところに行きたい?」
「……!?」
「教えてあげるよ。望むなら連れて行ってあげる。ボクもこれから、あの場所に用があるんだ」
そう言って彼が指したのは、丘の上にかすかに見える病院だった。
あの病院に、クラピカがいる? 何故、と思うよりも先に、の口が動いていた。
「連れて行って。今すぐ、彼に会わせて下さい!」
彼の名前を口にした男に、咄嗟にそう言ってしまったことを、後悔はしない。どんな状況でも、クラピカと再会できたのは彼、ヒソカと名乗った男のおかげと言えるだろう。
ヒソカに連れられて丘の病院に向かったは、その場所から、クラピカが無事ではないことを理解した。しかし、死んではいないのだろう。それだけで良いのだと心に言い聞かせ、黙ってヒソカの後をついて院内を歩いた。
面会時間は過ぎていたが、此処は普通の病院ではない。表向き通常の患者はいるが、ハンターなど特殊な職業に携わっている連中が利用する施設なのだと、ヒソカは楽しそうに言った。
「さあ、此処だよ。くれぐれも、静かにね」
そう言って、ヒソカがとある部屋の扉に手を伸ばす。しかし、開いたドアから隙間風のように音もなく、奥のベッドに横たわる少年の脇に彼は立った。
(クラピカ……ッ!!)
その姿に思わず叫びそうになったが、時刻は深夜。付き添いらしい青年がソファで眠っているのを横目で見て、は口を閉ざした。
ヒソカ。彼は一体、何を考えているのだろう。
「……? 誰、だ……?」
気配を感じて、クラピカが小さく唇を振るわせた。しかし、駆け寄ろうとしたよりも先に反応を示したのはソファに寝ていた男だった。
「なっ、お前……!!」
ヒソカに対して臨戦態勢を取る。その姿に、彼らが決して友好的な関係ではないことを察した。
「素敵だねぇ。消毒液と、キミの血の匂い……」
「ヒソカ!?」
その声を聞き、驚いて上体を起こしたクラピカ。付き添いの男がヒソカに対し「何しにきやがった」と怒声を上げたが、その瞬間クラピカの喉元にあてがわれた、一枚のトランプカードにまでもが息を呑む。それはただのカードではないと知っていたからだ。
一流のハンターが使用する念というものは、オーラという常人には見えない気を万物に纏わせることで、ただの紙切れでさえも凶器に変えることが出来るという。ヒソカの持つトランプでさえ、の目には鋭利な刃物のように映って、彼女はとうとう叫ばずにはいられなかった。
「やめてっ!! これ以上、その人を傷つけないでッ!」
「……なっ、!?」
クラピカの横たわるベッドへ走り寄りトランプを持つヒソカの腕を両手で抱えたに、ヒソカは「静かにしてって言ったのに」だなどと溜息混じりに言った。そんなヒソカに、クラピカは怒気を孕んだ声で低く言う。
「ヒソカ、お前が……を連れてきたのか? 何を企んでいる?」
「確かに此処に案内したのはボクだけど。でも、街をうろついていたのは彼女だよ」
その言葉が偽りではないことをすぐにクラピカは理解した。同時に、ヒソカに殺気はなく、付き添いの男――レオリオとを「大丈夫だ」と言って宥める。
それからヒソカは、この場所へやって来た理由を滔々と話し出した。今回の事件の大元である、元旅団員の話を。
「それじゃ、クラピカの目を奪ったのはそいつなんだな!?」
「そういうこと」
人形を作り出す念能力者オモカゲ。クラピカの瞳を奪うために、彼の親友であるパイロの人形を作り出した。
ヒソカという男は至極楽しそうに不敵な笑みを浮かべて舌なめずりをした。
「気をつけるんだね。オモカゲは危険な相手だよ」
そう言い残して去ったヒソカを見送って、クラピカは重たい溜息と共に呟いた。
「……どうして来たんだ、」
「だ、だって、心配だったし……飛行船の手配はセンリツが、」
「センリツ……」
余計なことをしてくれた、という思いが拭えない。だがしかし来てしまったものは仕方が無い。
困惑するレオリオに仕事の仲間だということだけを簡潔に告げて、ヒソカが教えてくれた犯人を追う算段をつける。
「わ、私も、」
「ダメだ。念能力者じゃない君を連れてはいけない」
「……っ」
共に行きたいと願うを、クラピカは一蹴した。念が使えないという理由で。
念が何かもよく理解できていない彼女は、光を失ったクラピカよりも危ういのだ。危険な場所へ連れて行くことは出来ない。
「私は必ず瞳を取り戻して戻ってくる。だから、待っていてくれ」
「……わかったわ。どうか無事で」
勝手な行動をしてここまで追ってきたのだ。これ以上困らせるわけにはいかない。
ついていきたい気持ちを押し留めて、は渋々了承した。
「クラピカをお願いします。レオリオさん」
「おう、任せとけ!」
二人が病院を去ってから、は短く嘆息する。
「念能力者じゃないから連れて行けない、か。……あーあ、また、仲間はずれかぁ」
弱い自分はいつだって蚊帳の外で。
少しだけ、惨めな気分にもなったりするものだ。彼にそんなつもりがなくても。
「待つしか……ないか」
彼ならきっと大丈夫。だって、自分には心強い仲間がいるって、自慢げに話していたし。