03




     の自宅で寝泊りをするようになってから三日という日数が経過した。日に日に身体の力を取り戻しつつあるクラピカは、医師の許しを得てリハビリを兼ねて武術の鍛錬を行なえるまでになっていた。クラピカが使う得物は二刀の剣。クルタ二刀流は一族で教わる武術なのだが、の目の前では異民族とバレてしまうのは避けたかった。そのため、クラピカは剣を持たず、基礎となる格闘術の訓練のみを繰り返し行なっていた。

    「凄いわね。貴方の村では、子どもでもこんなに武術に長けているの?」
    「子ども扱いはしないで欲しいのだよ。皆が皆、戦いを好むというわけではないが、男は基本、十を過ぎれば親から基礎を叩き込まれる。でなければ、一族を守れないからな」
    「おー、カッコいいね」

     の手のひらで軽い拍手が起こる。しかし馬鹿にしているといった様子はなく、素直に感心しているようだった。

    「それより、何か用件があったのではないのか?」
    「ああ、そうだった」

     クラピカが稽古していたところにがやってきたことを思い出し、クラピカが尋ねる。わざわざ稽古だけを見学しに来たとは考えにくいからだ。はそうだった、と用件を思い出して笑顔を浮かべる。

    「隣の町に買出しに行くの。一緒に来ないかなーと思ってね」
    「!? いいのか? 行く、連れて行ってくれ!」

     正直、この家の近辺だけをうろつくだけの外出は飽き飽きしていた。そろそろ別の景色を見たいし、親友であるパイロの病気を治してくれる医者に会ってもみたい。そんなクラピカの心境を察して、はわざわざクラピカを呼びに来たのだった。

    「君が乗ってきた生き物とはきっと多分速度が違うけど、まぁ安全運転だから任せて」
    「宜しく頼む」

     馬の手綱を引いてがやってくる。の説明をきちんと聞きながら、クラピカは指示通りの手順で馬の後部に跨る。しっかりと馬の手綱を握りこんだの腰に抱きつくような形になった彼は、ほんの少しだけ緊張で身体を硬くした。その様子に気づいたは、クラピカにはバレないよう、口元にくすりと笑みを浮かべる。

    「じゃあ、出発――」



     人里を歩くのは試験以来だ、とクラピカは思った。不安な気持ちは波のように押し寄せてくるが、今は一人ではないのが幸いだ。何も知らない子供二人連れではなく、近隣の町事情に詳しいが一緒に居てくれることが、何より心強いと感じた。
     町並みは当然のように違う。店に売っているものも、前に見たデパートとは少し違いがあるように思う。連なる家々と通り過ぎる人々を興味深そうに眺めながらクラピカは歩いた。そんな少年を見て楽しそうに笑うは、時々「危ないよ」と言ってクラピカの手を引いて進路を正した。

    「楽しそうね」
    「え? ああ、そう見えるか……? 外に出るのが、久しぶりだからかも……知れない」

     自覚が無いらしいその返答にも笑みが漏れる。暫く歩いてみて、不意にクラピカが思い出したようにあっと声を上げた。

    「この街に例の医者がいるのか? 居るならちゃんと紹介してくれ。私は自分から頼みたいのだ」

     クラピカの真剣な眼差しに、は「そうね……」と呟いた。の知り合いの医者が言っていた心当たりがこの街であるのはまず間違いではない。

    「確か病院自体はここの近くにあったはずよ。行ってみようか?」
    「ああ、案内してくれ」

     の提案にクラピカは明るい顔で頷いた。これで親友の足を治してやれると思ったからかもしれないが、病院に着いてもその医者は不在であった。看護士が、近隣の村々に診療に出ているのだと言っていた。残念そうに項垂れたクラピカの頭を優しくたたきながら、は笑った。まだ時間はあると。

    「無期の旅なんでしょう? そのお友達も、待っていてくれるわよ」
    「! そう、だな。うん、また日を改めて訪れることにしよう」
    「そういうこと。じゃあ、気持ちを改めて、私の買い物に付き合ってもらうわよ」

     自然な流れで自分の腕を引いたに、クラピカは勿論と笑顔で頷いた。ハンターに憧れる少年の、これも小さな冒険である。

    「……」

     店頭でより安く良質な品をと物色するの楽しげな横顔を見つめながら、クラピカはぼんやりと思考する。もしも、この人が……と考えていたところで、どうしてそのような考えが浮かぶのだろうと自分自身を疑問に思うが、その答えは既に理解していた。自分は目の前の女性に、惹かれはじめているのだという現実。そしてそれ故に、あってはならないことだということが、クラピカを苦しませていた。人とは違う、呪われた瞳を持つ種族を、普通の人間が受け入れられるはずがないのだと、クラピカは身を以って知っているのだから。
     忘れよう、忘れてしまおう。そう自身の考えを払おうとしたクラピカに、がその視線に気がついて口を開いた。

    「ん? どうしたの、何か欲しいものでもあった?」
    「え、いや……」

     言葉に詰まったクラピカは、言ってはならないことだと解っていて、それでも悩んだ末に、こう切り出した。

    「もしも、人ではない化け物が身近に居たとしたら……はどうする?」
    「? どうするってそれは、逃げるか戦うか……そういう話?」
    「……」

     やはり、思い浮かぶのはその二択しかないだろう。答えが解り切った問いを投げかけたことを後悔したクラピカに、は続けざまに言った。

    「それとも、"化け物"と呼ばれる異質な存在に対する私の率直な意見を問いたいのかしら?」
    「!! そう、だな。の考えが聞きたい」

     うん、と頷いてから、は言葉を選びながらも口にする。誰の話とか、何故そういうことをなどとは聞かず、ただクラピカの問いに対し、真剣に自分自身の考えを整理する。

    「化け物って一口に言うけど、それは人とどう違うのかしら」
    「……?」
    「いくらその異質者たちが人間離れした能力を持っていても、心を通わせることは不可能じゃないって、そう思うよ。でなきゃ、それは化け物じゃなくてただの獣だから」

     そしては最後にこう言った。

    「……って、Dハンターに書いてなかった?」
    「っ!?」

     クラピカは目を見開いた。旅に出る前に、親友のパイロへと預けた宝物の本に、目の前のという女性の姉シーラがくれた大事な物語に、ハンター・ディノの台詞としてあった言葉を思い出したからだ。そんな彼の心躍る物語に憧れて外の世界に出たというのに、自分はまだ恐れている。
     の言葉はきっと本心だ。そう解るのに、あの時の街の人たちの豹変振りが忘れられないから。だからクラピカは、自分を救ってくれた少女にさえも本音を打ち明けることはできなかった。

    「Dハンターは偉大だな……私は彼のようにハンターになって冒険がしたくて、その一歩として、友を迎えに行くために医者を探しに来た」
    「うん、そこまでは、聞いたね」
    「もうひとつ欲を言えば、外で出会った仲間と、旅をしたいと思った……のだが、」

     だけど。と、沈んで俯いた顔を、クラピカはに見せることなく黙った。も、彼の抱える闇の大きさを察して、その先を促そうとは決してしなかった。

    (……夢を与えてくれた恩人であるシーラの、親族。彼女自身も俺の命の恩人。偉大なDハンターを知る彼女なら、俺を理解してくれるのかな)

     そこまで考えて、クラピカはその考えを全て否定する。
     何を考えているのだ、自分は。そう信じて、裏切られることの恐ろしさがどれだけのものか、知っているのに。なら、このままでいい。何も信じず、信じてもらえずとも、いいのだ。パイロの足さえ治れば、彼と共に夢の続きを見ることが出来るんだから。

    「……もう終わった、か?」
    「え? うん、用事はもう全部終わり」
    「なら、帰ろう」

     もう此処には居たくないとでも言わんばかりに、クラピカはの服を掴んだ。そう年も違わないだろうに、その少年の顔はひどく幼く儚げに見えて、はその手を優しく包み込んだ。

    「うん、帰ろう。私たちの家に――」

    to be continued...





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