あれから私は毎日クラピカを見舞った。その度にドクターからは「しっかり働け」とどやされたけれど、クラピカが心配で顔を出さずには居られなかったのだ。その間、いろいろな話をした。クラピカはハンターになりたいこと。昔助けた女性ハンターがお礼にくれた本を読んで、とても惹かれたこと。そして、自分を助けて身代わりになった親友の不自由な足と目を治せる医者を探しているということも。近い未来、医者を連れて村へ戻り、今度は二人でいろいろな世界を見て回りたいのだと彼はキラキラと輝く瞳で語った。口調はどことなく大人びているものの、その夢は年相応の希望に満ちていた。
私は、ハンターという職業には抵抗があったけれど、彼を否定したいとは思わない。むしろ、外の世界を見たいというクラピカの夢は理解できるし、応援したいと思った。だから、早く治るように、見舞いの本や果物をたくさん持参した。彼は、食べ物よりも異国の本を喜んだ。それから二週間。予定よりも早く、彼は退院(といってもただの診療所だけれど)することができた。しかし旅に戻るには彼の身体は消耗しすぎていた。身体も鈍っているし、何より村から一緒に旅してきた地走鳥が絶命してしまったため、足もないのだ。更にこの町には、ホテルや宿といった洒落たものはない。だが行き場の無い病み上がりの少年を、野宿させるわけにはいかなかった。だから私は、
「うちにおいでよ」
そう声をかけていたのだった。
「お、お邪魔します……」
「ふふ。さあ、どうぞ」
手を差し出してクラピカを屋内へ招き入れる。彼は家を見渡し、感嘆した。そして、
「広いのだな、意外と……あ」
本音をぽろり。口を滑らせて、慌てて手を当てるが解き既に遅し。そんなことで怒りはしないが、クラピカの頭を軽く小突いてやった。
「失礼ね。狭かったら招待なんてしません」
「確かに……すまなかった」
「うん。適当に腰掛けてなさいよ。今お茶淹れるわ」
言われたとおりにクラピカはソファへと腰を下ろす。その様子を見やってうんと頷いてから、私はお茶を淹れるために台所へと移動した。
「……」
「…………」
暫く、台所からも居間からも無音が続く。緊張しているのか、時々ドアの隙間から居間を覗くと、手持ち無沙汰にクラピカがキョロキョロと辺りを見回したりしていて、おかしかった。くすりと笑みを漏らして、またキッチンへ向かったのだが、その数秒後。居間から、驚きの声が聞こえてきた。
「……、シーラ!?」
「え……?」
クラピカが誰かの名前を大声で呼ぶ。私はその声よりも、彼が言った名前に驚いて居間へと飛んで行った。そこには、ソファに座っていたはずのクラピカが、立ち上がり、戸棚に飾っていた写真立てを両手でつかまえていた。まるで夢でも見ているかのように、目を見開いて。私は後ろから、信じられないというような視線を彼に送る。だって、その人は私の――
「どうして、姉さんを知っているの?」
「!? 姉、だって?」
私たちは互いに驚いた。何と、クラピカが話していた「ハンターの素晴らしさを教えてくれた女性」というのが、私の姉であるシーラだったのだ。とりあえずお茶を飲んで互いに一息ついてから、私たちは改めて事の重大さについて口にする。
「ふう。すごい偶然ね」
「……まさか、こんなことがあるとはな」
「でも、在り得ない事ではないわ」
クラピカが村からこの場所へ来られたのなら、シーラだって行くことが出来るはずだ。迷ってたどり着いたここは、クラピカの恩人の故郷。その事実に改めて、クラピカは高揚感を抱いた。これは偶然ではなくDハンターが導いてくれた――言わば必然なのだと。クラピカは、村へ戻ったら、必ずパイロに報告してやろうと嬉しそうに言った。羨ましかった。そんな風に、思える相手がいること。
「それで、シーラは今、どこにいるのだ? 私は、ずっとあの時の礼が言いたくて……」
クラピカは家を見回した。でも、いるはずがない。シーラは、姉は、
「あの人はもう、半年前から戻ってきていないわ」
「え……!?」
「半年前に、一度家に帰ってきたときにはね、姉もあなたのことを話していたのよ」
ハンターになって冒険に出たのは良かったけれど、死に掛けた。本気で死ぬかとも思ったけれど、心優しい異民族の子供たちに助けれられて九死に一生を得たのだと。宝物だった本をあげてしまうほどに、彼女は嬉しそうに話してくれた。
『もしもその子たちが此処へ来たら、良くしてあげてね。私の恩を、かわりに返してあげて』
そんな風に丸投げされたって困る。相変わらず破天荒な性格で、回りを見向きもしないシーラに悪態を吐いたりもしたけれど、私は姉を本当は尊敬していた。いつか同じようにハンターになって、冒険したいとも思った。けれど昔の話だ。
「どこで何をしているのやら。解りやしないわ」
「でも、きっと生きて……」
「そんなことわからないのが世の中よ。常に最悪を想定していなければ、事実を知ったときに絶望に打ちひしがれて、自分を壊してしまう」
家にいない間は、姉は行方不明。帰ってきたときは、生存確認。記録が初期化されて、次からまたカウントが始まる。今は行方不明記録を更新中。
「……なぁ、」
「ん?」
まるで懺悔にも似た気持ちで本音を打ち明けた私を蔑むこともなく、クラピカはただ真摯な眼差しで問いかける。シーラの生死など、始からどうでも良かったかのように。
「私に、教えてくれないか。シーラが目指していたハンターのこと。Dハンターを読んでシーラが何を思っていたのか、とか。なんでもいいから」
もっと知りたい。シーラのことも、君のことも。なんて年下の男の子に言われて、不覚にも心臓がはねる。年下にときめくなんて、ありえない。きっと彼の、クラピカの整いすぎた顔がいけないんだと思う。
「い、いけど……面白いものは、ないわよ?」
「それでもいい。ただ、純粋な好奇心だからな。無論、繊細な部分は聞かない。話したくないこともあるだろう?」
女性の過去を掘り返すようなことはしたくないらしい。紳士なのかマセているのかわからないが、とりあえず彼は外見と中身が釣り合うようになるのはあと五年くらいだな、などと勝手に考えていた。
「それじゃ、シーラの部屋を使っていいよ」
「え゙!?」
「他に部屋がないもの。大丈夫、何もない殺風景な部屋だから」
シーラの部屋は、彼女がハンターとして仕事をする際、この町は拠点とするだけで定住することはないという彼女の言葉から、この家から彼女の居場所はなくなったのだ。ただ、暮らしていた痕跡だけは残しておきたかった私の意志で、ベッドや机などはそのままにしているが、彼女の使っていた小物や雑貨は全て自己責任で処分していた。
「本当は私も、寂しかったのよね」
「!」
「だから、短い間だけど、これから宜しくね? クラピカ」
「あ、ああ……こちらこそ、宜しく頼む」
それから、身体の調子を取り戻すまでの間。私とクラピカの共同生活が始まったのだった。