ハンターと言う職業に出会ったのは、一年前。遭難して怪我をしていた女性を助けたことで礼として受け取った本を、親友のパイロと読んだ時だった。自分達の村では大人になるまで外の世界へ行くことは許されていない。けれど、本を読めば読むほど、ハンターへの夢は、憧れはどんどん膨れ上がるばかりで。つい先日、一族の長に直談判をして、外の世界へいく試験を受けさせてもらえたのだ。
ひと波乱もふた波乱もありながら、何とか合格を手にした俺は、家族や親友に見送られながら村を飛び出した。ハンターと言う夢を叶えるため。そして、親友の不自由な足と眼を治してやるために。それから四日ほど経ち、現在に至る。
「くっそ……やっぱりダメか」
曲がった足が、激痛を訴える。村からずっと俺を乗せてくれた地走鳥は、先ほどの衝撃で瀕死状態にある。傷の状態から見て、回復してももう満足に走ることはできないだろう。
「あーあ……やっぱり無茶だったのかなあ」
村を出立してから四日。途中で二つほどの町を見つけ、食料や水を購入したが、そこに腕利きの医者はいなかった。仕方なく次の町を目指し真っ直ぐ森を駆け抜けていたが、雨のせいで道がぬかるみ、地走鳥の足が取られ、更に視界も悪く、崖からすべり落ちてしまったのだ。痛みに顔をゆがめながら、それでも必死に食いしばる。こんなところで諦めたくはない。だけど、町までまだ距離はありそうだ。
「ごめん……パイロ」
助けてやれないかもしれない。むしろ、自分が助からないかもしれないのだ。そう考えると悔しくて、居た堪れなくなってくる。雨は上がったが、こんな場所に人が通るなんて有り得ない。きっとこのまま、俺は死を待つ運命なのだろうか、と。そう思った頃だった。
「……あら?」
「!?」
不意に聞こえた女性の声。勢いよく顔を上げてそちらを見れば、俺よりも幾らか年上の、けれどまだ年若い少女がそこにはいた。彼女は俺が動かないことを確認すると、ゆっくりと近づいてきた。見れば見るほど、幼さの残る顔立ちをしている。
「ねぇあなた。怪我、しているのね」
「! ……」
開きかけた口を閉じる。心配そうに覗き込むその人に、助けて欲しいとは言えなかった。高すぎるプライドに呆れてしまいそうだ。いや、それ以上に、脳裏に過ぎるのは俺を赤眼の化け物と罵った町の人たち。今はこうして心配してくれても、優しくしてくれても、きっとクルタの存在がバレたらまた蔑まされる。なら、最初から関わらないほうがいい。そう思って口を閉ざした俺に対して、彼女は言葉が喋れないと思ったようだ。
「口が利けない? でも、足が折れてるわ。その子は……もうダメそうね」
俺の乗ってきた地走鳥。見れば息を引き取る寸前だった。ああ、ここまで乗せてくれてありがとうな。一緒に世界を見にいけなくてごめん。でも、多分俺もダメだ。この女性は声をかけてくれたけど、きっと今の俺は自分の怪我に気持ちが昂ぶっているから。この人も、赤い目を見たら気持ち悪がるだろう。俺を化け物と呼ぶだろう。
「そうね。足がないのなら、私が代わりに足になってあげるわ」
「……っ!?」
一人で悲観的になっていたら、突然身体が浮いた。かと思えば女性の顔が間近にあって、抱きかかえられたのだと知って少し暴れたが、男女の差はあれど年上の彼女は俺よりも力が強いらしい。もう大丈夫だからと微笑まれて、安心してしまう自分はなんて単純なんだろう。
「……あ、りがとう」
「なんだ、貴方、喋れるんじゃない」
そう言って彼女は、俺が安心できるように優しい顔で微笑んでくれた。視界が悪かったからか、気づかなかったのか、女性は俺の赤い目について触れることはなかった。
気づかなかったのなら、どうかこのまま気づかないで。
「これで大丈夫だ。三週間は動かさないようにな」
「ありがとう、ドクター」
俺を抱えて山を降りた彼女は、すぐに医者のところへ俺を連れて行った。医学の知識はないが、腕は立つようだ。俺は帰り支度をする医者を呼び止めて、俺が旅立ってきた理由を話した。
「ふむ……目と足の手術か」
「ええ。私は、その友人を何としてでも治してやりたいのです」
「事情はわかった」
しかし、と医者は言った。まずは自分の怪我を治しなさいと。
「……しかしっ」
「時間はあるんでしょ? 大丈夫よ。きっとその子だって待っててくれる。それに、そんな怪我してボロボロの姿で戻ったら格好悪いわよ?」
「う……」
話を聞いていた女性が笑いながら言う。確かに、こんな情けない姿をパイロには見せるわけにはいかない。うんうんと唸る俺をよそに、村長から受け取ったパイロの病状を記した紙に目を通して、町医者はひとつ息を吐く。
「うぅむ。こいつはワシにはちと荷が重いな……」
「え!?」
「治せないの?」
がっくりと項垂れる俺に、ドクターはいいやと否定の言葉を発した。この町にはいないが、手術できそうな医者に心当たりがあると。連絡をとってやるから今は少し休めとも。
「……すまない」
「ふふ。変わった話し方するよね」
まるで変に大人びている、と彼女は言った。そういえばテストのときも、少し表現方法が独特だとか言われたっけ。俺の言語は何かおかしいのだろうか?
「変、か?」
「え? ううん、私は好きよ?」
「っ!」
特に深い意味はないのだろうが、何でもないことのように「好き」なんて言われて、不覚にも心臓が飛び跳ねる。そういえば友人はパイロのみで周りに同年代の女の子はいなかったから、こういったことに対する免疫なんかは皆無なのだった。そんな俺の思いなど知ってか知らずか、彼女は大事なことを思い出したというように身を乗り出してきた。
「あっ! そういえば、自己紹介がまだだったよね? 私は。あなたは?」
「私は……クラピカと、いう」
「そう、クラピカね。私の家はここから近いから、また明日もくるね」
「え、あっ……ああ」
一瞬情けない声が出た。ああ、当たり前じゃないか。見知らぬ自分のために、彼女のような女性が、一緒にいてくれるはずない。怪我のせいか、言いようのない心細さに襲われる。家族も友達もいない。頼れる大人が居ないから、しっかりしないといけないのに。そう思って俯いたら、は優しく笑って「大丈夫」と言った。シーツを握り締めた俺の手に細い指を重ねて、顔を覗き込まれる。
「暇人だから朝から来てあげる。足が良くなれば、町も案内してあげるわよ」
「お前の仕事は馬の世話だろう。さっさと戻らんか」
自信たっぷりに自分を「暇人」と言い切った彼女は、呆れた声の医者に頭を小突かれて笑っていた。明るい人だ、とその時は素直にその明るさに感心と感謝していたんだ。
「はいはい。それじゃあねクラピカ! また明日」
「……また、明日」
こんな旅先で、こんな挨拶が出来るとは思ってもみなかった。早くパイロの眼と足を治してやれる医者を見つけて戻らないといけないのに、今日は少しだけ、この怪我に感謝した。