調査兵団が壁外調査へ出てからエレンは上の空で、お手伝いも手につかないって昨日もミカサに怒られてたよ。
そんな風にに話して聞かせるアルミンもまた、そわそわとしていて普段の彼に比べると落ち着きが無いように思う。
それでもアルミンはの家をまめに訪れて、いろいろな話をした。
今日はエレンとこんな話をした、あんな発見があった。ミカサに聞かれて怒られた。祖父に本の持ち出しがバレそうになった、なんてことも。
「それで、そのあとはどうなったの?」
がとても喜ぶから、アルミンはその時間がとても好きだったのだ。
「うん、それでエレンのお母さんが――」
二人の笑い声だけが響く子供部屋に、
ごーん、ごーん、ごーん。
鈍く低く、突如鐘の音が響く。
同時にばさばさと木に止まっていた鳥達が一斉に飛び立ち、は目を丸くした。
「あ!」
アルミンが嬉しそうに声を上げ、咄嗟に立ち上がる。
「調査兵団が帰ってきたみたいだ……ね」
そのまま走り出してしまいそうな勢いのアルミンだったが、自分を見上げるの視線に気がついてゆっくりと元の位置に座りなおした。気を遣わせてしまったことに対する罪悪感よりも、はアルミンが自分を気にしてくれていることがとても嬉しかった。
「行ってもいいよ」
「え?」
「見に、行きたいんでしょ? 行っておいでよ。私は行けないけど、私の分まで見てきて。そして明日、教えて?」
きっとエレンが見に行っているだろう。だけど、自分もこの目で見たいという思いはあった。しかし目の前の少女を一人で置いていくのは忍びないと思ったアルミンだったが、彼女は大丈夫と笑って背中を押してくれる。
「あ、ありがとう……じゃあ、僕行ってくるよ」
「ちょっと待って!」
急いで部屋を出ようとしたアルミンを、が呼び止める。
「これ、昨日完成したの」
ベッドサイドの引き出しから彼女が取り出したのは、木に彫られた調査兵団の紋章であった。
「本物、私は見たこと無いけど、前にアルミンが教えてくれたでしょ?」
調査兵団の、自由の翼の話を。
そして、いつも「エレンはいつか絶対に調査兵団に入るんだって言ってるよ」と話して聞かせてくれる度、彼は寂しそうな顔をしていたのだ。自分にはどうせ無理だと諦めているような、そんな風に力なく笑って。
だからは、願いを込めてナイフで木を削った。
「アルミンが夢を叶えられますように!」
「! ……ありがとう、。僕も頑張るよ」
受け取ったお守りをポケットにしまいこんで、アルミンは元気よく走り出す。
早く大人になって、訓練兵に志願して、調査兵団になって――
一日でも早く巨人がいなくなるように尽力して、いつか彼女と一緒に外の世界に行くことを夢見て。
「壁の外って広いんだね」なんて笑いあう未来を、きっと夢じゃなくなるよって言ってくれた彼女のことが、この時間が、とても大切だったから。
「また明日!」
手を振りながら走っていくアルミンの姿を、は彼が小さくなって見えなくなるまで見ていた。
帰還した調査兵団は、出発時よりも大分人数が減っていて。取り囲む野次馬達は、白い目で戦う彼らのことを見ていた。
税金を捨てるようなものだと、蔑んだ。
「……」
エレンが聞いたらきっと怒るだろうな、と思いながらもその場を後にしたアルミンは、それでも調査兵団になる夢を捨てようとは思わなかった。
死にたくはないけれど、戦い続けることが悪いはずがない。どんな形でも、自分が役に立てることはあるはずだと、信じて。彼女から渡されたお守りの存在が、それを確かなものに変えていく。
だから、
「おい、異端者!」
いつものような差別の言葉にも、アルミンは負けたりはしなかった。
『アルミンなら、きっとできるよ』
が自分を信じてくれるから、アルミンも自分を信じようと思えたのだ。
「外へ出ることが悪いなんて思わない……」
「!?」
こんな狭い壁の中でしか生きられないなら、それはとても不幸なことだ。だって、自分はもう知ってしまったのだ。この世界の本当の姿を、その広大さを。知っていて何もしないのは、罪だと思った。
「人類はいずれ、壁を出て外の世界に行くべきなんだ!」
「こいつ……!」
誰かを想い続けることで強くなれるのだとしたら、自分はきっと弱虫なんかじゃなくなるのに。
自覚してしまった。彼女を好きだと思う気持ちを大切にしながら、今まで逃げてきたものへ立ち向かう勇気を得る。
もう、絶対に逃げたりはしないと。