03




     最近アルミンが楽しそうだ。

    「またか……」

     ごめん、と言ってアルミンは走り去る。普段は外に出ると他の連中にいじめられやしないかとビクついている姿が今日はなく、ただほかの事に気をとられているのか、そんなこと忘れているようだった。最近はミカサともようやく打ち解けて、これから三人で遊べると思ったのに、これだ。全く面白くもなくて、川沿いの石ころを蹴り飛ばす。こら、エレン。ミカサに怒られた。

    「……なんだよ」 
    「アルミンの用事って、何だろう?」
    「知るかよ。聞いてねーもん」

     なら、どうして聞かないの? ミカサの問いかけに、はたと我に帰るエレン。そういや、何でだろう。別に秘密と言われたわけではないのだから、尋ねれば良いだけの話じゃないか。アルミンが自分に隠し事するわけがないのだから。そう、思いたい。





    「新しい友達ができたんだ」

     翌日、最近どこに遊びに行っているのかを尋ねれば、アルミンは嬉しそうに言った。その新しい友達とやらは、病気がちで中々外には出られないが、アルミンと同じように外の世界に興味を持ってくれる少女らしい。女の子と聞いてやらしい目つきで「やるじゃんか」と茶々を入れると、アルミンは小さく「止めてよ」と言いながらもその顔は赤かった。

    「エレンも来る? 今度紹介するって約束してたんだ」

     そう言われては、行かないわけにはいかない。ミカサもいることだし、その友達とやらに会いに行ってやらんこともない。密かに疎外感を抱いていたエレンは、二つ返事で頷いた。

    「おう!」

     意気揚々とアルミンに案内されるままその少女がいるらしい家へと向かう。玄関のドアを叩くと母親は不在のようだったが、中から少女の「どうぞ」という細い声が聞こえた。アルミンが躊躇せずドアを開けて家の中に上がりこむのを見て、いいのかよ、と小声で尋ねれば、アルミンは大丈夫と言って笑った。もう何度も、こうして彼女に会いに来ているのだと。

    「いらっしゃい、アルミン! と……そちらは?」
    「前に話してただろ? エレンとミカサだよ」

     アルミンから二人の話を聞いていたというその少女は、紹介された途端に笑顔になり、手を差し出した。

    「です! ずっと会ってみたかったの、エレンくん!」
    「……!」

     笑顔が可愛い子だと、エレンは思った。
     ああ、よろしく。そう言ってエレンが手を差し出そうとするのと同時に、二人の間にミカサが割り込んだ。明らかに敵視しているなあ、と思ったが口にはしない。しかし、次の瞬間は握手の相手をエレンからミカサに変更し、警戒していたミカサの手を躊躇いもせずに取ったのだった。

    「ミカサちゃんにも、会いたかった! アルミン、本当に、約束守ってくれてありがと!」

     ぶんぶん、嬉しさのあまり握った手を上下に揺さ振られて、ミカサが困惑して珍しくエレンへと助けを求めた。確かに、周りに馴染めない彼らにとって彼女の様な存在は貴重かもしれない。病弱だと聞いて、守ってやりたいような気にもなる。そんな風に思考していると、横からミカサに小突かれた。顔に出ていたらしい。しかし、ミカサも彼女のことは嫌いではないだろう。人懐っこく、純粋な好意だけで接してくれるから。

    「本当にうれしいな。三人もお友達ができるなんて!」

     そうやって嬉しそうにが笑うので、エレンもミカサもすぐにが好きになった。アルミンから聞いていたという武勇伝をエレンが直々に話をすれば、は喜んだ。もっと教えて、もっと聞かせて。自分の知らない外のことを。そうせがむのだった。

    「外にはもう出られないのか?」

     ふとした素朴な疑問に、は眉を下げて困ったように笑った。

    「ちょっと動くとすぐ熱が出ちゃうの。本当は外でみんなと遊びたいんだけど、ごめんね……」
    「し、仕方が無いよ! は何も悪くないんだから」

     ね、とアルミンに少し睨まれる。「お、おう」なんて間の抜けた声で返事をしたが、内心冷や汗ものだ。

    「でも、部屋にいれば大丈夫。本当よ? みんなが来てくれたから、もう苦しくないもの」
    「本当に? 迷惑じゃなかったら、いいんだけど……」
    「ぜんぜん! むしろ、元気になっちゃうくらい。アルミンのおかげだね」

     に見つめられて照れるアルミンは、自分でその気持ちに気づいているんだろうか。いやきっと、気づかないほうがいいのかもしれない。なんだかそんな気がして、ちくりと胸が痛んだ。ミカサも同じ気持ちなのか、難しい顔をしていた。
     それから四人で他愛もない話をし、日が暮れての母親が戻ってくるまで騒ぎ続けた。というよりも騒いでいたのはほぼエレンだけで、アルミンとは相槌を打ったり笑ったりして、ミカサはエレンの話を真剣に聞いていた。それでも、帰り際は「また来てね」と言って手を振って、彼女の母も、お友達になってくれてありがとうと微笑んだ。綺麗で温和な人で、は母親似だとエレンは思った。

    「いい子だったな」
    「でしょ? 良かった。エレンやミカサも、仲良くなれると思ったんだ」
    「……いいのかあ? アルミン」
    「な、何が……!?」

     ニヤニヤとアルミンをからかうエレンのわき腹を、ミカサが小突く。一体一日に何度どつかれるんだろう。

    「あ、それじゃあ……」

     アルミンは赤い顔のまま、帰路につく。また明日な、と手を振りはしたものの、多分明日は会うことはないだろう。明日も明後日も、アルミンはの家を訪ねるだろうから。明日も明後日も、きっとエレンは近所のガキ大将たちとの喧嘩に明け暮れる日々が続くだろう。
     大事な友達が少し遠くへ行ってしまったような、寂しさに見舞われた。

    「……はぁ」
    「大丈夫、エレン」
    「ミカサ?」
    「エレンには、私が、いるから」

     目を伏せながらミカサが言う。全てを納得したわけではないけれど、まあ、それもいいか。

    to be continued...





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