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    「アルバ君、大丈夫かなあ」

     はぐれた仲間を想い、鬱蒼とした森の中に身を隠す。数十キロメートル先、大勢の人の匂いがするから、この辺りには人の住む場所があるのだろうと推察する。しかし同時に、微かに漂う錆びた血の臭いに、紅き手袋の連中もまた近づいて来ていることを理解していたは動けずにいた。

    「みんな心配してるよね……また怒られるの、いやだなあ」

     逃亡中、肩に受けた傷の痛みを誤魔化すように呟いて、はゆっくりと立ち上がる。足ではないだけまだマシだ。自分の脚力なら逃げ切れるはずだと、そう信じて。

    「よし。行こう」

     気功術のストラによって治癒力を高めたは一目散に森を駆け抜けた。木の陰から出た瞬間、視界の端に仮面の男が映る。やはり、待ち構えていたのだ。それでも足を止めたりはせず、ひたすら走った。仲間と合流することを最優先にして。

    「……痛っ」

     一本の放たれた小型ナイフが頬を掠める。足に怪我を負った彼は無事だろうかとふと脳裏を過るが、鋭い痛みに現実へと引き戻された。流れる血を右手の甲で拭って、僅かに残る魔力でクロックラビィを召喚する。
     憑依召喚の力を借りてようやく森を抜けると、そこには広い草原が広がっていた。その先から、町の喧騒が聴こえてくる。振り返るが、暴漢の姿は既に消えていた。

    「……紅き、手袋」

     その名は血染めの手袋に由来すると言われる犯罪組織。無色の派閥の瓦解後、なりを潜めていた彼らが、今更どうして。
     逃げ切れたことに安堵して町の中へ入ろうとしたが、異変を感じて立ち止まる。

    「……! ……ヒトの、声?」

     穏やかそうな町並みには不釣り合いな雄叫び。金属が擦れ合う不快な音と、微かに漂う血の匂い。その中には、よく知った気配も混ざっている。

    「いる。……ルヴァイド様たちが、向こうで戦ってる」

     恐らく相手は紅き手袋の連中ではない。となれば、この町には別の脅威が潜んでいるということだ。

    「……何があるの、この町には……」



    「くそっ、敵の数が多すぎる……」

     槍を薙ぎ払いながらイオスが毒吐く。今のこの状況では、敵将と対峙するルヴァイドの加勢をすることが出来ない。

    「この……っ!」

     多勢に無勢。助っ人を買って出たはずのイオスの疲労も、既にピークを迎えていた。

    「イオス、危ねぇ!」

     ライが叫ぶ。イオスの払った槍をかわした敵兵が、隙だらけのイオスの胴目掛けて剣を突き出してきたのだ。

    「っ!?」
    「はあっ!」

     間一髪。敵とイオスの間に身を滑り込ませた少女は、相手の剣を叩き落とすと渾身の力を込めた正拳突きを繰り出した。腹に重たい一撃を喰らった兵士は膝から崩れ落ちる。
     周囲の注目を一身に浴びた少女は、イオスを振り返り声を上げた。

    「副隊長、ご無事ですか!?」
    「……? お前、一体今まで何をして……!」
    「ルヴァイドさまの言い付けは、守りました。戦ってないです! で、でも、攻撃されて」

     血が、たくさん出ました。

    「アルバ君ともはぐれちゃったから……」

     耳を垂らして項垂れるに、イオスは小さなため息を一つ零し、頬の傷に触れた。

    「……アルバは手当てを受けてこの家にいる。よく戦ったな」
    「イオス、さま」

     動きを止める二人に襲いかかる兵士だが、の反射神経は獣のそれだ。すぐさま地に沈められる男達を尻目に、イオスは微笑む。

    「僕らも事情は呑み込めていないが、部下を助けてくれた恩に報いるために戦っている」
    「はい。私も、戦います」

      そう言ってにっこりと笑う少女は、本当にここを戦場と認識しているのだろうか。続けて襲いかかってくる二人目の男に回し蹴りを喰らわせながら、それでも彼女は笑顔を崩さない。
     離れた場所で、ルヴァイドは安堵の溜息を吐く。

    「無事だったか……」
    「ほう? あのような小娘が騎士とはな……自由騎士団とは、随分ヌルい組織と見える」
    「……見くびってもらっては困るな、将軍よ」

     ただの小娘と侮る勿れ。彼女の身体能力は人間のそれをはるかに凌ぐ。

    「あれは……ラヴィナスか?」

     メイトルパ出身のアロエリが驚きを口にする。自分のようなセルファンやオルフルなどの戦闘民族ならいざ知らず、調停者たるレビットを原種とするラヴィナスは元来争いごとを好まない種族だ。しかしこの戦いに加勢する彼女は、とても好戦的に見えた。

    「とにかく、仲間が増えるのは助かるぜ」

     ライがへと視線をやりながら言うと、他の仲間達も同意するように頷いた。

    「仲間……」

     言葉を交わしてすらいない、突然この場に現れた自分を彼らは仲間と呼んだ。どういう事情があるのかは到底わかるはずもないが、己が今何をすべきかを、はとてもよくわかっていた。

     期待に応えること。助けを求めている者を、自由騎士は決して見捨てない。

    「自由騎士団拳士、。微力ながら加勢させていただきます!」

    to be continued...





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