ぽたりぽたりと血が滴り落ちる。彼女が掛けてくれた憑依召喚は既に効果が消え、痛む足を引きずりながら敵から身を隠し逃げ続けた。
「くっそ……」
森を抜け、ここは平原の真ん中。身を隠す木々もなければ助けを求める相手もいない。追いつかれるのも、時間の問題だった。
「、無事かな……はは、人の心配してる場合じゃないか」
血を流しすぎた。片方の足は折れていてもはや使い物にはならないが、這い蹲ってでも戦うことを諦めはしない。情けなくても、自分はまだ死ぬわけにはいかないのだ。
「……シャアッ!!」
「!? もう、追いついてきたのか……」
初撃はかわした。それは距離があったからだ。相手が放った投げナイフの威力は落ち、軌道の予測もできた。しかし、第二撃はそうもいかない。新たにナイフを取り出した仮面の暗殺者が、こちらへと迫ってくる。
これまでか。いや、
「騎士に泣き言は似合わないよな……」
約束したのだ、彼女と。必ず生きてまた会うことを。
誓ったのだ、家族に。必ず騎士になって故郷に戻ることを。
だから自分は、引くわけにはいかない。最後の瞬間まで。
「おいらは、絶対に諦めないぞ……!!」
剣だけは、騎士の命たる剣だけは、決して離さない。
暗殺者が短剣を振りかぶり、自分へと迫ってくる、その瞬間。
「…………ッ!!」
「寄ってたかって一人を相手にするなんて……気に入らねぇ」
白髪の少年が、自分を庇うように立ち、暗殺者へと剣を向けていた。彼の仲間だろうか、様々な風貌の男女が駆けつけて、それぞれの得物を構える。
「俺が相手になってやる!」
「無茶だって!? そいつらは野党なんかとは違うんだぞ!!」
つい声を荒げる。これは自分が蒔いた種だ。民間人を巻き込むわけにはいかないと止めたが、彼らは誰一人臆することなく向かって行った。
「紅き手袋の暗殺者だってことですよね?」
「え……!?」
「危険な相手なのはわかっていますから」
それでも、安心してくださいと女性は微笑んだ。
「おい、らも……戦」
さっきまではギリギリで保たれていた意識が、遠のいていく。自分は騎士なのに、やらねばならないことがたくさんあるのに。勇ましい雄叫びと凛々しい詠唱の声を遠くで聴きながら、アルバの意識は暗闇に沈んだ。
「大丈夫、でしょうか」
「……」
紅き手袋の連中を退けた後、流れ着いた宿場町トレイユ。ルヴァイドとイオスははぐれた二人の騎士見習いの身を案じながら今夜の宿を探していた。今朝方出会ったこの町の少年は自宅が宿屋だと言っていたが、巻き込むわけにはいかないと遠慮したのだ。もしもの時、敵が襲って来たときに迷惑はかけられまい。このような平和な町で、自分達のような甲冑の姿は人目につきやすい。町民の目から逃れるようにして外れへと歩いていると、遠目に宿が見えた。あの場所なら、もしかして。そう思いつつ宿屋へ入ろうとした、その矢先だった。
「……うわっ!」
「!?」
店の中から飛び出して来たのは、数刻前に出会った少年だった。
「お前は、さっきの」
「町中で会った胡散臭そうな二人組!」
あ、と口を押さえたときにはもう遅い。つい本音を漏らした少年は乾いた笑いを浮かべたが、最後まで聞いてしまったイオスは憤慨する。隣の上司を見れば、珍しく声を上げて笑っていた。
「……それがお前から見た、我らの素直な印象か」
「面白がらないでください。ただでさえ、不審な目を向けられて困っているんですから」
「すまん、イオスよ」
強面の騎士の柔らかな笑顔をぽかんと呆けながら見ていた少年は、自分が抱えている荷物を見てハッとした。
「和んでいるとこ悪いんだけどさ、俺急いでるんだ」
怪我人がいるから、という少年の言葉に、二人は動きを止める。
「……怪我人?」
「ああ、俺と同い年くらいの男の子なんだけどさ」
「もしや、その怪我をしたという少年は……紅い手袋をした暴漢に襲われていたのではないのか?」
「なんでそんなこと知ってるんだよ!?」
ルヴァイドとイオスは互いに顔を見合わせて、心底安堵した。
「ルヴァイド様……!」
「ああ、アルバに間違いあるまい。無事だったか……」
「?」
「その少年のところまで案内してくれないか? 僕達とはぐれてしまっていた、仲間だと思うんだ」
「何だって!?」
宿屋を営む少年、ライに案内されるまま、知り合いの召喚師だと言う女性の家へ向かう。その最中、少年と同じく少女はいなかったかとイオスが問うたが、ライは申し訳なさそうに首を振る。
「俺達が見つけた時は一人だけだった」
「そうか……」
ライに仲間を保護してくれたことへの礼を伝えて、ルヴァイドはそれ以上は何も言わなかった。
庭が綺麗に手入れされている民家へ着くと、二度ほどノックをする。ライに続いてルヴァイドとイオスが上がり込むと当然のことながら彼の仲間達は困惑し驚いていた。だがイオスは真っ直ぐにアルバがいるベッドまで行き、叱咤した。
「何をやっていた!? 今の今まで!」
決して無茶なことはしないように、それが約束だった。しかしどうにもならない状況であったことはイオスにだってわかっているのだ。それでも、イオスはルヴァイドの立場を軽んじることはできなかった。
「ルヴァイド様の立場というものも……」
「よせ、イオス」
イオスに責められ項垂れるアルバに、ルヴァイドは問う。
「はどうした、一緒ではなかったか」
「……! 途中で、道を分断されて、別々に……」
「!? なんということだ……」
イオスは眉を顰める。ルヴァイドとて、表情こそ変わらないが内心焦りはあるだろう。
「あやつのことだ、無理はすまい」
「そうですね……」
半獣のは常人よりも優れた感覚を持っている。獣は自分よりも強い相手に立ち向かうような愚かなことはしない。しかし、
「あれは脆いからな……」
それだけが、唯一の心配事なのである。