一騎打ちは紙一重でルヴァイドの勝利だった。それでも将軍を名乗る男には擦り傷ひとつつけることが出来ず、男の得物である斧の刃毀れを以て引き分けとなった。
「さすがは黒騎士、聞きしに勝る剛剣の使い手よ」
「……」
将軍レンドラーが敵将に賛辞を送るが、その後に続いた言葉にイオスは耳を疑った。
「だが、剣の腕がいかに優れようと、道知らぬ君主に仕えるのなら無駄にしかならぬ。だから、デグレアは滅びたのだろうよ」
「貴様ッ!?」
「やめろ、イオス」
闘いは終わったのだ。槍を構える臣下を右手で制し、ルヴァイドはレンドラーを真っ直ぐに見た。
「この者の言葉は正しい。だが、ひとつだけ訂正させてもらおう」
「……ほう?」
「今、ここにある俺は黒騎士ではない。巡りの大樹自由騎士団の一人、ルヴァイドだ。貴様が剣の軍団を名乗るのと同じく、な」
「……ふっ」
ルヴァイドの言葉を聞き、レンドラーは小さく笑うと本来の目的である少年へと向き直り告げる。
「小僧よ! 今日のところはこれで引き上げておく!! だが、忘れるなよ? 次は必ず、竜の子を貰い受けるッ!!」
「だから、させねえって言ってるだろ!?」
声高らかに、笑いながら背を向けて去って行く大男に、ライは舌を出す。せめてもの抵抗だった。
「。よく無事に戻ったな」
「……はい。遅れて、申し訳ありません」
「構わぬ。アルバの元に向かうぞ」
ルヴァイドとイオスに促され、は二人の後を追った。この少年や異世界の人々は何者か、現状も把握できぬまま。
家の中に入ると、家主であろう女性が立っていた。心配そうに見つめる先には、ベッドに横たわるアルバの姿があり、は涙を堪えて駆け寄った。
「アルバ君!」
「! 無事だったのか……良かった。まあ、外の声は聞こえてたんだけどな」
の姿にホッと安堵の表情を浮かべるアルバだったが、傍に立つルヴァイドを見て、途端に緊張の面持ちになる。
「アルバよ。やはり、我らは先を急がねばならぬ。お前の足の怪我が治るのを待っているわけにはいかぬ。だから、お前はここに置いていく」
「……っ」
現状を理解はしているのだろう。悔しそうに眉をひそめながら、アルバは何も言えなかった。しかし、そんなアルバを想って声を荒げたのはライという白髪の少年だった。
「ちょっと待てよ!? それじゃあ、一方的すぎるだろ!?」
「行くぞ、イオス、」
「はっ」
「待てって!!」
「やめてくれよ!」
ルヴァイドに食ってかかる少年を、アルバは止めた。自分のために言ってくれているのはわかっているが、アルバの気持ちの整理はとうについている。痛む身体を、自分の思いを伝えるために無理矢理起こす。
「おいら、ちゃんと納得してるからさ。無理してついて行ったって足手まといにしかならないし。今はしっかり傷を治して、その上で追いついてみせる」
帰れって言われたわけじゃないし。そう笑うアルバに、ルヴァイドは少しだけ口角を上げ、好きにしろと言った。
「あのっ」
だが、アルバに背を向け、家を出ようとしたルヴァイドを今度は少女の声が呼び止める。
「私も、ここに残ります」
はアルバのベッドの傍に立ったまま、ルヴァイドとイオスに嘆願する。ここから動きたくないとでも言うように。
「? 何言ってるんだよ、君は隊長達と一緒に……」
「できないよ!! そんなこと、出来るわけない……だって、約束したから」
一緒に強くなりたかった。王都を発つ時に決めたのだ。二人でついて行くと、他でもない自分がそう言ったのだから。
「抜け駆けするみたいでいやだ。稽古の相手がいなくなるのもいや。アルバ君だけ置いて行くなんて絶対にいや!」
普段は聞き分けの良い彼女のイヤイヤ攻撃に、イオスとルヴァイドは顔を見合わせて笑った。二人は予想していたのだ。アルバを置いていくと言えば、もそうするであろうことを。
「ならば好きにすると良い。二人で、追いついて来い」
「あまり無茶して皆に迷惑をかけるんじゃないぞ」
「はいっ!」
かくして二人はここ、トレイユの町に残ることになり、ルヴァイドとイオスは暗殺者達の動向を探るため帝都に向かった。
「本当に良かったのか?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
にとっては当然の選択で、アルバにとってはそのことが疑問だった。これは好機なのだからと、言い聞かせたところで彼女が意見を変えないであろうこともよくわかっているので、アルバは口を噤んでしまう。自分さえ早く回復すれば、二人に追いつける。彼女のためにも自分自身のためにも、一刻も早く傷を治さねばと思ったアルバは、ふと、見知らぬ土地で出会った者達の存在を思い出して慌てた。
「あ……あのさ、助けてくれてありがとう。あと、ごめん。おいらのこと、助けてくれたのに、さっきはあんなこと言って」
「別にかまわねーよ。俺も、よく分からずに言っちまったし」
白髪の少年は、言葉遣いは荒く乱暴な印象だが、その目は優しく正義感に溢れていた。普段は人見知りのも、異界の者達の存在を前に既に警戒を解いていた。
「私、自由騎士見習いのです。剣は使えないけど、戦えます。あと、お料理もできます。皆さん、アルバ君を助けてくれてありがとうございました。アルバ君の怪我が治るまで、お世話になります」
とアルバに、他の連中も自己紹介をした。
宿屋の主人をしているというライに、ライの幼馴染の姉弟、リシェルとルシアンとそのブロンクス家メイドのポムニット。駐在軍人のグラッドに、蒼の派閥より派遣された召喚師ミント。異界の住人は鬼妖界の龍人であるセイロン、幻獣界の亜人セルファンのアロエリ。そして霊界天使のリビエルと、彼ら御使いが守護する竜の子、コーラルだ。
「ところでさ、アルバはミントねーちゃんに頼むとして」
はどうする? 宿に空室もあるけど。
ライの有難い申し出を、はしゅんと耳を垂らして拒否する。
「ありがとう。でも、私もここに、アルバ君といたい。私、外でも寝れますから! だから近くに……いさせて」
アルバの側を離れたくないと言うを否定するものはいない。家主のミントが少女を優しく諭した。
「ふふ。大丈夫よ、外に出したりはしないから。ライ君、余ってるお布団借りれるかな」
「おう。すぐ持ってくる! 兄貴、手伝ってくれよ」
「任せろ」
密かに思いを寄せる女性の頼みとあらば断れるはずもなく。グラッド青年はライと共に宿へと向かった。
「ワガママばかり、すみません。会ったばかり、なのに」
「いいんだよ。貴女のことは、手紙で聞いて知っているから」
「え……」
「派閥でのこと、本当にごめんなさい。蒼の派閥の一員として、情けなく思っていたの」
ミントは数年前からこの町で暮らしていると言った。彼女は事件に関与はしていないはずだが、派閥の内部で起こったことなのだから、無関係ではないと話す。
「安心して。私達は絶対に、貴女に危害を加えたりはしないわ。だから、ここにいる間は頼ってくれると嬉しいかな?」
ミントの裏表のない笑顔に、の瞳から思わず涙が零れた。この世界を諦めないで。恩人の言葉が脳裏に蘇る。ああ、希望を捨てずに生きてきて良かったと、心からそう思えた。
「ありがとう、ございます」
優しい空気の中で、は涙を拭って笑顔を見せる。
これから始まる騒動など、知る由もなく。