「、はぁ……っ」
唇から細く、苦しげに漏れる息。やや斜め前を走るアルバとアイコンタクトをとりながら、は背後から距離を詰めてくる不穏な影達に向けて光を放った。
「お願い、セイレーヌちゃん」
彼の者が奏でる旋律は、聴く者を深い眠りへと誘う。二人を追ってきていた仮面の男達は地面に膝をついたが、音楽が届かなかった連中が再び迫ってくる。先ほどから、それの繰り返しである。
「っ! ……こうなったら、おいらが――」
「ダメだよ!!」
足を止め迎え撃とうとしたアルバに、の制止の声がかかる。
「隊長さん達と約束したでしょ? 戦っちゃ、ダメなんだよ!」
紅き手袋を名乗る、犯罪者集団。それは誘拐や盗み、暗殺などのあらゆる悪事を代行するという組織であり、自由騎士団が退けなければならない存在である。
先日、本部からの文で紅き手袋に動きがあるとの報告を受けたルヴァイドとイオスは、視察の旅の途中ではあったが急きょ奴らの動向を探るという目的に変更した。見習いであるとアルバも無理を言ってそれに同行させてもらうことになったのだが、紅き手袋のことを探る内に、奴らの方も情報を得たらしく鉢合わせになってしまったのだ。無論、見習いの二人に戦わせるわけにはいかない。一時撤退を余儀なくされた一行だが、逃げる内に二人の上司とはぐれてしまったのだった。
「なんとか、イオスさま達と合流しなくちゃ……」
息を切らしながらも懸命に足を動かすに、アルバの顔にも焦りの色が浮かぶ。この少女は瞬発力も素早さも力もある。しかし、持久力と防御力は自分よりもずっと低いと、日々の稽古の中でも感じられる。守ってやらなければ、と考えるのは少年にとっては当たり前のことだった。迎え撃とうとしたところで、多勢に無勢のこの戦況では彼女を守るどころか自分の身ですら危うい。それでは何の意味もない。
「くそ……っ」
の言ったとおり、ここは逃げ切るより他に術はない。無知なアルバより、上司やこの少女の方が、ずっと奴らの危険性については理解があるのだから。
「足、大丈夫か!?」
「私はまだいける! それより、アルバ君が」
走りつづける自分を気遣うアルバの声に即座に反応したは、隣に並ぶ少年の足に伝う赤い液体を指してそう言った。
「大丈夫さ、君のおかげでね」
アルバはそう言って笑みを浮かべたが、額には薄らと汗が滲んでいる。
先ほど追っ手から逃げる最中、後方から放たれた投具によって深く切り裂かれた下肢は、移動しながらの応急手当てではあまりに心許ない。気功術のストラや回復の召喚術であっても傷が完全に塞がることはない。それでも足を止めるわけにはいかないので、現時点ではの所有するクロックラビィの移動力を引き上げる憑依能力を借りて、足の痛みを誤魔化しているに過ぎなかった。
「気をつけて。私の魔力じゃ、あまり長くはもたないから……」
「ああ、わかってる」
頷いて見せたアルバに、はそれでも心配そうな視線を崩さない。もう一度「大丈夫だよ」とアルバが言って、後ろを振り返ろうとした、その時。
「……シャアァッ!!」
「ッ!?」
木の上から、暗殺者が飛び降りてナイフを振りかぶった。寸でのところで回避した二人だったが、間に飛び込んできた男に、反対方向に逃げることを余儀なくされて二人は道を分断されてしまう。
「!!」
「止まらないで! 私は大丈夫だから、そのまま逃げて!!」
生きていれば時間はかかっても必ず合流できる。今立ち止まっては、自分達だけでは決して敵う相手では無いのだ。
「っ、絶対死ぬなよ、!」
「……アルバ君も」
そう言って、は懐の石に魔力を注ぎ込む。アルバの足に憑依させているクロックラビィを再度呼び出して、召喚術の上掛けすることで憑依時間の延長を図った。
「どうか、無事で」
せっかく心を開けた彼を、友人を、同志を、失いたくない。二人の騎士見習いは互いの生存を願い、別々の方向に向かって森を駆け抜けた。