07




     アルバとが自由騎士団に所属してから、二年以上の月日が経った。
     任務への同行を許可されたアルバとは、上司であるルヴァイド、イオスと共に帝国へ向う旅の途中。今し方、人気のない森で幾度目かの野宿の準備を終えたところだった。
     火を熾しながら、アルバが口を開く。口うるさい上司は見回りに行っていて、雑談しても小言を言われる心配はない。

    「そういえばは、外の島から来たんだろ?」
    「うん、そうだよ」
    「帝国から、聖王国に来たんじゃないのか?」
    「えっとね……」

     先日帝国に行ったことがあるかというルヴァイドの問いかけに、はないと答えた。そのことを思い出し、アルバは彼女に尋ねたのだ。
     あの頃のは、外の世界に触れたくて仕方がなかった。島へ訪れていた召喚師らの船に乗り込んで、見つかってとても叱られて、それでも諦めきれずに皆を説得した彼女はやっとのことで認められたのだ。しかし最初に船を降りたときは緊張で震えてしまったほどであった。

    「だから……正直、あまりよく覚えていないの」
    「そっか。じゃあ、今度こそ目に焼き付けておかないとな」
    「うん。そのつもり!」

     パチパチと火花が弾ける音を聞きながら、二人は期待に胸を膨らませる。

    「帝国では」

     これまで和気藹々と会話をする少年達の姿を黙って見守っていたルヴァイドが、初めて口を開いた。二人の話声が止んで、四つの瞳が向けられる。

    「帝国では、召喚獣は所有物として扱われる。我ら聖王国の者とは価値観そのものが違うだろう」
    「聞いたことは、あります……」
    「そうか、ならば話は早いな」

     は、ルヴァイドが言わんとしていることをすぐに理解した。この世界では召喚獣と呼ばれる母と、ニンゲンである父を持つ彼女は、思考こそこちらの世界の人間であるが、姿そのものが異形であるのだと。

    「単独行動だけはするな」
    「……はい」

     わかっている。これは遊びではないのだと。ルヴァイドが放った冷たく取れる言葉も、彼なりに心配してのことだということも。

    「でも、おいら達は召喚師じゃないのに、変じゃないのか?」

     イマイチ状況を飲み込めていない様子のアルバが、こっそりとに耳打ちして尋ねた。自分達は騎士であって、召喚術の心得など無いのだ。

    「帝国では勉強さえしていれば誰だって召喚術を使えるから、アルバ君や隊長さんが召喚術を使ってもおかしくはないんだよ」
    「へぇ……」

     でも、誰の召喚獣のフリをすればいいのだろう。属性の相性や、元帝国軍人ということを考慮して言えばイオスあたりだろうか。暢気にそんなことを考えるに、見回りから戻ってきたイオスが呆れたように言う。

    「全く、お前は……何もそこまで難しく考える必要はないだろう?」
    「イオスさま」
    「召喚師と一口に言っても、人種は召喚獣と同じく様々だ。帝国人が皆、召喚獣に対して傲慢なわけではないよ」
    「それは、そうですけど」

     楽しみな反面、不安もあるのだろうということはイオスにも解っていた。やれやれと丸太の上に腰を落ち着けたイオスに、ルヴァイドが問う。

    「……何かあったか?」
    「ええ、町の明りが見えました。今動くのは危険ですから、早朝に出発すれば明日の昼には着くでしょう」



     一夜を森の中で明かした翌朝、森の中で採ってきた木の実や魚を焼いた簡単な朝食を済ませ、一行は歩き出す。麓の町に行けば、本部へ手紙が出せる。ロレイラルの機械技術で開発された無線機というものがあれば、いつどこであろうと連絡が取れるのだが、自由騎士団内にはそういった技術はまだ無いのである。

    「そういえば、帝都にはシルターン自治区っていう場所があるって聞きました」
    「シルターン自治区? ……ああ、あるよ。僕は行ったことはないが、何でも美食家が多いとかいう話だ」
    「そう! そうなんです。私、帝国に行くなら一度見てみたいなあって思って……」

     ちらり、がルヴァイドを見上げる。ルヴァイドと目が合うと彼女はすぐに視線を外したが、少女のその様子にルヴァイドは可笑しそうに口角を上げた。

    「今回は視察だ。好きにするといい」
    「やった!」
    「羽目は外すんじゃないぞ。何かあれば、ルヴァイド様の責任になるのだから」
    「わかってますっ」

     心配性のイオスに、は楽しそうに答える。楽天思考の少女にはこれ以上何を言っても無駄であることをよく理解しているイオスは、それ以上の言及を諦め、足を動かすことに集中した。
     それから暫くはぐれや野党の気配に気を配りながら進むと、イオスの見立てどおり、正午には森を抜けて小さな町にたどり着いていた。

    「さて、今夜の宿を探さなくてはな」
    「はい、はい! 私が行ってきます!」
    「あ、待てよ! 一人じゃ……」

     言うが早いか、許可も聞かずに飛び出していく少女を、アルバが慌てて追いかける。やれやれと呆れつつも行動力のありすぎる未来の騎士達に頼もしいなと呟いてから、二人の上司は視察のため周囲を見て回ることにした。



    「小さな町だね」
    「うん、でもこういう雰囲気は、おいらは好きだな」

     裕福では無さそうだが、それなりに豊かな土地で、人々は皆笑顔で暮らしていた。道なりに歩いていくと一軒の宿屋を見つけた。幸い部屋は空いていたが、二人部屋が二部屋だそうだ。人数的にはそれで十分だが、は女の子であるので一人部屋が良いだろうとアルバは考えた。しかし残りの男三人が一部屋というには、あまりに苦しい。

    「あ、それで大丈夫です」
    「えっ」

     考え込むアルバをよそに、は宿屋の主人に部屋を取ってもらうよう告げる。驚くアルバに、はきょとんとした顔で見てから、

    「私が副隊長と同じ部屋ね」

     そう言うのだった。年の近い少女と同じ部屋というのは思春期の少年にとっては厳しいが、堅物の上司と同室と言うのも、とても緊張する。恐らくそれはも同じで、彼女は副隊長のイオスと同室なら良い、と告げる。

    「勝手に部屋割りを決めるんじゃないよ、お前は」
    「私と一緒じゃ、イヤですか?」
    「そうは言っていない。せめてルヴァイド様に断りを入れろといっているんだ」
    「イオスさま、隊長さんのこと大好きですもんね」

     笑顔でそんな軽口を叩いてくるをうるさいと一蹴して、イオスは部屋の隅に荷物を置いた。本来ならば今後の相談もしたいのでルヴァイドと同室が良かったイオスだったが、しかし年の近い少年少女が同じ部屋ではやはり問題があるかと考える。は全く考えていないようだが、主にアルバの精神が休まらないだろう。能天気に宿の窓から外の景色を眺める娘にやれやれ、と肩を竦めるイオスだった。

    「見てくださいイオスさま、外に噴水がある!」
    「……ゼラムにもあっただろう」

    to be continued...





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