本来なら、明るい子のはずだ。初めて会ったときに、確かにそういう印象を受けたのだ。
すっかり口数の減ってしまったに、どうしたものか、とシャムロックは小さく息を吐いた。声をかければ彼女は笑ってくれるが、どうにも無理をしているように思えて仕方が無い。この年で作り笑いの方法など、覚えなくとも良いというのに。結婚のしていないシャムロックにとって、年頃の娘にどう接して良いのかもわからず、内心頭を悩ませる。それはシャムロックだけではなく、兵の殆どが同じ気持ちである。特にが心を開いているのが所属団員の中でもたったの数名しかいないのも問題なのだ。近しい年頃の友人をと思いアルバに声をかけてみるが、すっかり怯えきってしまっているに対して、裏表の無いアルバも困ってしまっているのだから。
そんな少女を訪ねてやってきたのは、同じ年頃の少女であった。
「に会わせて!」
「……ミニス?」
この聖王都内に本部を構えていても中々出会うことのない、珍しい来客者に、シャムロックは少なからず驚いていた。団長であるシャムロックの返答を待たずしてずかずかと本部に踏み入るミニスは、途中アルバの姿を見かけて目を瞬いた。どうやら二人は面識があるようで、アルバは傍らに居たレイドに何やら耳打ちをして、彼はああと頷いた。レイドはミニスと初対面であるのだろう。それから彼女の高い声を聞いて姿を現したルヴァイドとイオスに会釈をしてから、ミニスは再びシャムロックへと向き直った。
「トリスから聞いたの。私、どうしてもじっとしていられなくって……!」
はっきりと自身の考えを口にするミニス。その瞳は、正義感に溢れていた。見れば、後方にはありのままの事実を吐かされたのであろう、トリスが困ったような複雑な表情を浮かべながら立っていた。まあ、彼女に隠し事など無理な話である。
とはいっても、食事時以外にが部屋から出てくることは、ここ数日ないのである。いくらトリスやミニスが来たからと行って、簡単に出てくるとは思えない。一同が何も言わずにいると、キッと眉を吊り上げたミニスがロビーで声を張り上げた。
「もう、だから金の派閥にすれば良かったのよ! そしたら、私が絶対をいじめさせたりしなかったのに!」
「だってが金の亡者になったら困るし……」
「何か言った!?」
「ううん、何も……」
大体、金の派閥と蒼の派閥とでは志向が異なるのである。金の派閥の思想が、に合うとはどうしても思えなかった。かといって、蒼の派閥が正しいとは、今の彼女を見れば絶対に言えないのだけれど。
「あんまりだわ……外の世界に行けるって、あんなに喜んでいたのに。初めて触れた場所が、世界が、こんなのって」
ミニスの声が震える。それに対しても、一同は何も言えずにいた。幻獣界メイトルパの召喚獣を友人としているミニスにとって、は妹のようにも思っていた。の故郷から戻る船の中で、ミニスはこの世界の素晴らしさを滔々と語ったりもしていたのだ。だからこそ、の中で外の世界――リィンバウムに対する憧れは膨らむばかりであったし、とても楽しみだったに違いないのだ。それが、あのような形で打ち砕かれることになるなんて、一体誰が思うだろう。
「だから私、に……大丈夫だよって、伝えたくて……」
「ミニス……」
本来ならば、このような場所にいるべき人物ではないのだ。金の派閥の議長の娘という立場上、彼女にはやるべきことが山積みで、それを放り出すことなどあの母親が許すはずない。だが、ミニスはそれでも此処へ来た。何よりも友人や仲間意識を大切にするミニスらしい選択だと思うと同時に、彼女の気持ちが痛いほどわかっているトリスは、数日前のの状態を思い出してただ一言、シャムロックに尋ねた。
「……やっていけそう?」
「まだ、何とも。……何か切欠があれば良いのですが」
シャムロックはそう答える。それ以外に、答えようがないのだ。他の面々も黙り込んだまま。
騎士には豪胆な性格の連中が多い。繊細な少女の扱いなど解るような連中ではないのだ。物腰の柔らかいイオスやシャムロックと言えど、彼女の不安を取り除くのは不可能と言うものだ。何より、最初にかけるたった一言で、全てが左右されてしまうと言っても過言ではない。それほどまでにの心は、弱っていた。
「あたしが引き取ってあげられれば、いいんだけど……」
「……いえ、今の貴女には荷が重いでしょう。それに、彼女の力は確かに我々にとっても重要になってくると思うのです」
そうかもしれないけど、とトリスは腑に落ちない様子だった。彼女は迷っているのだ。あれが本当に最善の策だったのか。は、本当にこの騎士団の中でやっていけるのか、シャムロックにを託したトリスでさえもその見極めが難しい。
「うーん……」
会話が振り出しに戻ってしまいそうになり、ミニスは埒が明かないと唸った。腕を組んで考え込みながら、不意に階段脇の壁にある大きめの掲示板が目に入り、静かに呟いた。
「豊漁、祭……」
「え?」
掲示板には、討伐依頼や研修などの要項から、町興しについてのチラシなんかも貼ってあり、何だか楽しそうな雰囲気をかもし出していた。その中で、ミニスは見つけたのである。
シャムロックの言っていた"切欠"を。
「これよ! 絶対イケるわっ!」