「そういえば、名前。どっちがどっち?」
「こっちが」
「こっちが」
……うーん。いや、やっぱりよくわからないや。
二人を連れてゾルディック家を後にした時のことだ。二人が互いの名前を呼び合うのを聞いて尋ねてみたが、強さの基準しか持ち合わせていないヒソカには、相手の身体的特徴を見つけることは難しかった。しかしせめて行動を一緒にするのならと二人の特徴を探ろうとしたがすぐにそれも止めた。それから彼はキミ達、と呼称した。幸い彼女達は互いから離れることがほとんど無かったので、それだけで済んだのである。
「うん、上出来だ。」
「えへへ、褒められちゃった」
の頭を撫でるヒソカに、受け入れる。の次は自分だと言わんばかりにオーラを纏うに、ヒソカは賞賛とともに目を細めた。
一週間もしないうちに二百階へと上がってきた二人に、正直ヒソカですら脱帽したと言わざるを得ない。彼女達は、ただの力自慢の男達では全く歯が立たないほどに強かった。約束通り二百階で二人を待ち受けていたヒソカは、この先では恐らく今の暗殺技術だけでは通じないといった懸念もあり、更には自分以外の使い手に折角引き受けた大切な青い果実に洗礼を受けさせるのは忍びなく思ったということもあり、早速と修行に入ったのである。
水見式の結果、二人の系統が別であることが発覚した。姉であるが具現化系なのに対して、妹であるは操作系なのだった。勿論オーラの量も微弱ながら違っていて、ヒソカはその僅かな違いで、二人を見分けることが出来るようになったのだった。強さに異常な執着心を見せるヒソカならではと言えるだろう。もも、初めてヒソカに名前を呼んでもらえた時はとても嬉しかったし、だからこそもっと頑張って褒めてもらおうという気持ちがあった。二人は本当にヒソカのことが大好きなのだ。
「さて、それじゃあ今日はここまでにしようか。さあ、二人とも自分の部屋にお戻り」
「え、まだ出来るよ」
「まだまだ戦えるよ」
「それはまた明日ね。僕も疲れたし、久しぶりに試合があるんだ」
ヒソカの試合と聞いて、とに俄然気合が入る。ヒソカが今回天空闘技場へ来てからの試合は明日で三度目だったが、生憎過去二回の戦闘は二人とも試合日数が被っていて見に行けなかったのだ。
「明日は見に行くね!」
「お寝坊しないように早く寝ないと!」
それじゃおやすみなさい、と叫び声のように慌ただしく荷物をまとめて出て行った少女達。突然消え去った嵐にひとつ溜息を零してから、ヒソカはシャワールームへと足を運んだ。
明日の相手は何て名前だったっけ。少しは楽しめるといいなあ、なんて呟きながら。
「なんて人?」
「カストロ、だって」
「強いのかな? その人も能力者なんだよね」
「わかんないよ。でも闘うのはヒソカだし」
修行を見てもらっていたが、実のところまだヒソカの戦いっぷりはきちんと見たことがない。しかしながら、彼が誰かに負けるとは二人には到底思えないのだった。
「楽しみだね」
「うん、楽しみだ」
会場の観戦席からリングを見下ろし、パンフレットを眺める。天空闘技場においてカストロという男はルーキーだったが、その実力から二百階まで勢いよく上がってきたのである。ヒソカとカストロの対戦は、天空闘技場側でランダムに決められた対戦カードだった。互いの実力もロクに知らぬまま、二人はリングに上がった。
「はじめ!」
審判の開始の合図に、先に動いたのはカストロだった。ヒソカは、相手を見定めているのだろう。真っ直ぐに向かってくる男を見つめながら、いつものようににこやかな笑みを絶やすことはなかった。
カストロは虎咬拳という拳法の使い手らしい。しかし両の手を構えたカストロに、ふと違和感を覚える。
「……あれ?」
「念、使ってない??」
どうやらカストロは念能力者ではないようだ。オーラを纏わない拳法でもヒソカの身体に傷をつけたのは大したものだったが、しかしそれはヒソカ自身がわざと攻撃を受けただけであり、その証拠に彼は一度も苦痛や驚愕と言った表情を浮かべることはなかった。一度、余裕を見せすぎたヒソカに虚をついたカストロがダウンをとったが、ヒソカも念を使わずにカストロに応戦し、結果としてK.O勝ちとなった。ヒソカに洗礼を受けたカストロは内臓破壊され、病院送りとなった。ヒソカの気まぐれで、死には至らなかったらしい。
「何で殺さなかったの?」
「何で生かしちゃったの?」
「うん?」
部屋に戻ったヒソカは、少女達にそんな質問攻めにあった。
「彼、いい使い手になりそうだと思ったんだ。もっと強くなってから闘いたいなあってね」
「ふうん?」
「そういうもんなんだ」
ヒソカの部屋のベッドの上でお菓子三昧をしている少女達に、道化メイクを落としながらヒソカは言う。
「先に覚えておいて良かっただろう? 洗礼受けずに済んだんだから」
「うん、ありがとー」
「明日はキミたちの試合だね。頑張っておいでよ」
「もちろん!」
ヒソカは元気な返事を聞きながら汗と血で汚れた衣服を脱ぐ。ヒソカが全裸でうろつこうが全く気にしない二人は、ひとつまたひとつとお菓子に手を伸ばす。
「ねえ、いつまでここにいるの?」
「明日キミ達が試合に勝てたらここを出ようと思うよ」
天空闘技場の二百階から先では少しルールが変わる。金銭が発生せず、三ヶ月の準備期間内であればいつ戦闘日を指定しても良い。いつまでもこの場所に滞在する理由もないのだ。
「それからのことは、それから考えようか」