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     クロロは言った。宝を全部、と。
     クロロは嗤った。全ての人間を、殺せと。
     そして言うのだ。お前もこちらに来い、と。



    「要らないよ、そんなの」
    「似合うと思ったんだがな、残念だ」

     オークション会場の襲撃を一部の団員たちに任せて仮宿に残ったクロロは、道中で盗んできた宝飾品を並べて女の体に合わせていた。
     をオークション会場に連れていきたいと彼は言う。相変わらず何を考えているのか全く分からないし、嫌になる。

    「オークションを団員に任せて自分は着せ替えごっこ?」
    「人形のように従順ならもう少し楽しめたんだがな」
    「死ね、馬鹿」

     趣味じゃないドレスを着せられて、胸元には大きな宝石のついた首飾り。楽しそうに背中のファスナーを上げ下ろしするヤツはまるで無防備に見えて、殺意が膨れ上がってゆく。
     爪を立ててやろうか、噛みついてやろうか、蹴り飛ばしてやろうか、殴りつけてやろうか。今なら出来るかもしれないと思いつつ、しかしそんなに甘くはないだろうと思いとどまる。結局、自分は何も出来ない臆病者なのだ。
     静かに深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。冷静になれ、慎重になれ、強かになれ。好機は必ずめぐってくるから。

    「クロロ」
    「……なんだ。お前から話しかけてくるのは、初めてだな。驚いた」
    「いや……オークションには、どんなものが出品されるのかと……思って。別に行きたくはないけど」
    「さあ、な。毎年どんなものが出品されるのかは俺にもまだわからないが、どうせ全て頂くんだ。手に入れてから、見てみればいい」
    「……宝に興味はないってば」

     緋の眼が出品されるとか、どんなものが欲しいとか、クロロは特に把握はしていない様子。ただただ「全部」を手に入れることが目的なのだろう。

    「私が欲しいのは、ひとつだけだよ」
    「そうか。与えてやれなくて悪いな」

     の答えがわかっているだろうクロロはさらりと聞き流す。こいつが彼女から、たったひとつの望みである「自由」を奪った張本人だからだ。それ以外なら何でもと囁かれて数年、がクロロに何かを強請ったことはない。だがしかし、ひとつだけ。今回のオークションでもしも”それ”があったなら、欲してみようか。そんな風に思考を巡らせた。クロロは一体どんな反応をするだろう。
     仮宿に残ったメンバーの中にはヒソカの姿もあって、ふたりのやりとりをおかしそうに見ていた。やがて、クロロの携帯が鳴る。襲撃班の連中からのようで、電話の内容は「オークションのお宝がない」ということらしかった。の方には興味がないので、それ以上は聞き流す。今のうちにとクロロから距離をとり、着せられたドレスを脱いで首飾りも引きちぎってやった。

    「あら、脱いじゃうの。勿体ないわね」
    「ならあげるよ。きっとパクノダの方が似合うから」

     仮宿に残った一人であるパクノダがそんなことを言うので言い返せば、彼女は笑って答えた。嬉しいこと言うわね、と。
     クロロは大嫌いだし幻影旅団そのものも嫌いなので早く滅んでほしいが、彼女たちのことは嫌いじゃない。同じ女として、時々会話も弾む。外に出られないに、いろいろ教えてくれる。それは素直に、楽しかったと思える。
     電話が終わってを一瞥したクロロは、特に言葉を発することもなく小さく嘆息し、読みかけの本を開いた。どうやら人形遊びは飽きたらしい。そんな中、一人の男がゆらりと立ち上がる。

    「忘れてた。今日、人と会う約束してたんだ。行ってくるよ」
    「ああ、構わない。明日の午後6時までに戻ればな。……悪企みか? ヒソカ」

     もちろん。そう言って、ヒソカは不敵な笑みをクロロからへと向けた。それは、を鳥籠から連れ出した時と同じ顔。これから何が起こるのか想像もつかないけれど、嫌な予感はひしひしと感じる。
     仮宿からヒソカが出て行ったあと、再びクロロの電話が鳴りだした。

    「どうした」

     団長、ウボォーギンが攫われた!
     電話口でシャルナークの声がかすかに聞こえた。あの体力自慢のウボォーギンが攫われるなんて、一体何事だろうと思う。落ち着いた声でそうかと呟いたクロロは、対面に座っているフィンクスに、シャルナーク達と合流するようにと告げた。

    「陰獣……だっけ。そんなに強いの」
    「さあな。ウボーを攫ったのがそいつらとも限らんだろう」

     興味なさそうに、視線を上げることもせずに読書を続ける蜘蛛の頭。床に無造作に転がっている骨とう品の置時計の時間は、気づけば真夜中の二時を指していた。

    「どこへ行く?」
    「寝る」

     気怠そうに立ち上がり、寝室代わりにとなっている部屋へ向かう。今日は疲れた。大嫌いなやつの相手も、盗みや人殺しの話にも。

    「今日は一人にしてほしい」

     それはせめてもの拒絶だった。

    to be continued...





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