「ねぇ、団長。この子の記憶どうする?」
車中でそう口を開いたのは、今回のもう一人のお供であるパクノダだった。全く、今回に限って面倒な二人を供につけたものだと溜息が零れる。二人とも、情報収集のエキスパートだからだ。
パクノダは人の記憶を読み取ることができる念能力者だ、彼女の前で嘘はつけない。もしも記憶を見られたら? 質問は何だろうか。それは恐らく、ハンター試験で何があったか、ということだろう。例え他の質問だったとして、クラピカのことが浮かばないことはきっとない。彼の復讐心が、ヨークシンの集合が、バレてしまう。それだけは絶対に嫌だ。クラピカの重荷にはなりたくない。
「やめて」
助手席から伸びてくるパクノダの手に触れられる前に、そう口にしていた。
「私の記憶は私のものだから、触れないで。逃げたりしないから……」
「……そうだな。俺も、お前が戻ってきたのなら外で何があったかなんてどうでもいい」
死なれたくないしな、と言って笑う。クロロは、全てお見通しなのだ。もしもここで無理やり記憶を暴けば、は必ず自害するだろう。こんなにも焦がれて、ようやく手に入れることが出来たのに。それはあまりにも口惜しい。
パクノダはそれ以上食い下がることも無く「そう、わかったわ」とだけ言った。
言及を逃れたは、話を反らそうとここには居ない者の名前を出した。
「……ヒソカは?」
「今は天空闘技場にいるらしい。マチが向かっている」
天空闘技場。聞き覚えがあるその場所には、今ゴンとキルアが滞在しているはずだ。彼らはヨークシン前でヒソカと再会し、闘っているのだろうか。
「お前を連れ出した件については、今度の仕事に参加するという条件で不問にした」
「ヒソカが呑むかなぁ」
シャルナークが不安げに言う。その思いはにも同様にあった。マチがクロロからの伝言を伝えに天空闘技場へ行ったとのことだが、果たしてヒソカは受け入れるのだろうか。むしろ、ここであえて逆らうことで、クロロと勝負出来るなどと考えているのではないだろうか。だがそれも、自分には関係のないことだ。
「私はこれからどこに行くの」
「今、ヨークシンでの仮宿を探しているところだ。お前はそこにいてもらう」
「そう。できるだけ綺麗なところにして。あと、空が見える場所」
「難しい希望だな」
「気分が良くなれば歌っちゃうかも」
善処しよう、とクロロが言う。少しばかり強かになって戻ってきた小鳥に、クロロは前以上の好奇心を抱いた。彼女はどこまで、自分を楽しませてくれるのだろう。考えるだけで心が躍る。
「今日のところはホテルを取ってある。喜べ、最上階で見晴らしもいい」
「どうせシングルじゃないから嬉しくもない」
こんな風に上機嫌なクロロはとても危険だ。切り方の揃っていない髪を長い指で掬い、それでも美しいと口にする。
「これは俺への当てつけか? まるで、出会った頃のようだな」
「別に。動くのに、邪魔だっただけ」
隣に座るの毛先を弄ぶクロロはどことなく楽しそうで、嬉しそうで。対するは涙が零れそうになるのをじっと堪えていた。感情の起伏はクロロを喜ばせるだけだから。
「いい出会いはあったか?」
「……興味ないんじゃ、なかったの」
こんな風に饒舌な団長は久しぶりだと、ミラー越しにクロロの表情を見ながらシャルナークは思う。きっと、助手席のパクノダも同じ気持ちだろうと思い横目で見れば、目が合う。
貴方も苦労するわね。
アイコンタクトで、そう言われた気がした。横恋慕など、するだけ無駄だ。