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     知らない街に辿り着いた。ショップの店員に聞いたところ、ここはハンター試験会場のあったザバン市よりも北の方角に位置する国で、冬には雪も降るのだとか。文献でしか見たことのない銀の景色を、自分はこの目で見ることが出来るだろうか。それまで生き延びることは叶うだろうか。

    「はー……疲れたぁ」

     ホテルの一室、ベッドに身を投げながら天井を仰ぐ。ハンターライセンスを取得したおかげで無料で高級ホテルに泊まれるのは有り難い。例え高額でも、シャルナークの金があるから正直関係ないのだが。

    「……」

     目を閉じて、自由を噛み締める。
     これからのこと、一族のことや蜘蛛から逃げる算段など、考えることは山ほどある。だが、今はそんなことどうでも良い。今日だけはと、何も考えず次第に深い眠りへと落ちていった。

     その夜は、久しぶりに故郷の夢を見た。

     小鳥のさえずりで目を覚まし、朝露がきらきらと輝く野を裸足で駆けた。街の喧騒とは違った、村の娘たちが奏でる音楽で賑わう。そんな毎日。そして、それが壊された瞬間のこと。
     恐怖で目が覚めると、目尻が涙で濡れていた。

    「……夢の中ですら、逃げられないなんて」

     大して思い入れもない、当時はつまらない場所だとすら感じていたというのに、今となっては帰る手立てはない。
     色んな音であふれていた、あの場所こそが自分にとっての幸せな世界だったのに。何て、愚かな考えだったのだろう。

     帰りたいとは、思わない。否、帰りたいと願うことなど許されはしないのだ。幻影旅団から逃げると決めた以上、ひとところに留まるというのは自殺行為に他ならない。

    「最低な気分だ……」

     寝ても覚めても、背後に迫る黒い影からは逃げられる気がしない。そして同時に、浮かぶ顔がある。自分を仲間と言ってくれた彼らと、もう一度会いたい。もっと強くなって、いつかまた会えたら。そう願ってやまない。

     考えないようにと思えば思うほど、それは確固とした目的になる。

     ーーなら、やるべきことは一つしかないよね。

     自分のオーラ量を見つめ直すなんて何年ぶりだろうか。適うはずないと最初から諦めて、奴らに屈した。けれど、彼らを見ていて思ってしまった。適わない相手にこそ、立ち向かう勇気を持つこと。自分が自分らしくあるために、戦うこと。ハンター試験に臨んだ時のように、もう一度、そう思って。


     セルミアには元々操作系統の能力者が多い。これは、祖先である妖鳥セイレーンがその美しい声で航行中の船乗りを惑わせ、催眠の果てに喰らったという言い伝えの名残りなのだと教えられた。生まれた頃より全員が無自覚半覚醒の念能力者。成長と共に自制を学び、一人前の力を手に入れる。だが、それを自分は中途半端なまま外に放り出されてしまったのだ。今更教わる師も居らず、自分なりに修行していくしかないだろうと思う。
     こんなことなら、ゴン達に着いて行けばよかったかな。いいや、それは出来るはずもない。彼らと別れた直後にシャルナークが迎えにきたように、いつ奴らと接触するかもわからない現状において、大切な友人達をそんな危険に晒すわけにはいかなかった。

    「それにしても、まさかシャルナークがくるとは思わなかったな」

     大方、クロロは余裕たっぷりに「本を読んでから」などと悠長に構えているのだろう。それなら好都合だ。その間に私は逃げるための新しい能力を手に入れて見せる。

    「ヒソカの動向も気になるけど……まぁ、仕方ないか」

     試験後の彼の言動を見れば、蜘蛛とクラピカの関係性について、何か良からぬことを企んでいるのは明白だった。それに、ゴンとの因縁もある。四人との再会を望むということは、幻影旅団との接触も免れないということだ。逃げるだけではなく、カウンター型のスキルも必要だ。

    「サボってたツケかな……やることが沢山だ」

     それでも、嫌だとは思わない。
     口元に笑みを浮かべたまま、水の入ったグラスに手を添えた。

    to be continued...





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