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     久しぶりだ、一人で歩く道は。たった数ヶ月の旅なのに、何年も一緒に過ごしてきたと錯覚するくらいに彼らとの日々濃くて、だからこそ別れは喪失感をもたらした。
     寂しい。奴らに囚われていた頃は、ずっと一人になりたかったというのに。

    「会いたい、な」

     別れて一時間も経っていないのに、そんなことを思ってしまう。もう会わないと決めたはずなのに。それほどまでに焦がれていたなんて、自分でも気づかなかった。

     やっと逃げられるかもしれない。奴らの手が届かない、どこか遠くへ。そう思って足を進めた矢先のことだった。

    「見つけた」
    「……!?」

     背後からかけられた声に、ぞくりと肌が粟立つのを感じた。

    「シャル、ナーク」
    「俺のこと覚えててくれたんだね、良かった」
    「……出来れば忘れたかったよ」

     そんなこと言わないでよ、とシャルナークが笑みを浮かべる。幻影旅団団員、蜘蛛の6番目の脚。外見は盗賊だなんて信じられないくらいの好青年なのに優しそうなその笑顔の裏で、残虐行為にも躊躇わずに手を染める。
     ヒソカやクロロとはまた違う意味で、何を考えているかわからずは彼のことが苦手だった。

    「団長が待ってるよ、」
    「……一番会いたくないし名前も聞きたくない」
    「相変わらず冷たいね。団長も中々腰が重いから、代わりに俺が迎えに来てあげたんだ。ねぇ一緒に来てよ」
    「そう言われて、私が了承するとでも?」
    「いいや。でも俺は盗賊だから」

     欲しいものは力ずくで奪うだけ。そう、昔も今もそれは変わらない。

    「……試験で死にきれなかったのは、私の意思が弱かったからじゃない」
    「?」
     
     死のうと思った。死にたかった。死ねなかった。心の弱さがそうさせたのだと思っていたけれど、それは違うと仲間たちが教えてくれた。

    「私もう、死ぬために生きるのはやめたの」
    「! ……うげ」

     逃げる目標を追いかけるために足を進めようとしたシャルナークだったが、それは叶わなかった。
     彼女の視線の先に、遠く彼方、無数の黒い影が見えて

    「自由に生きて、死にたい」

     ターゲットを攫ってゆく。突然のことに反応が遅れたシャルナークの手が届くことはなく、は鳥の群と共に去った。

    「……あちゃー」

     飛んでっちゃったよ、籠の鳥が。
     そう零しながらもどこか楽しそうなシャルナークの声を聞く者はない。彼らは盗賊なのだ。どこにあろうと、狙った獲物は絶対に逃がさない。宝石も、骨董品も、人でさえも。

    「団長にどやされるかな……それともフィンクスあたりかな?」

     がしがしと頭を掻きながら、仕方ないと元来た道を引き返すシャルナーク。しかし、ふと思い出す。

    「あっ! 俺の金! 聞くの忘れた!!」



    「ありがとう、助かったよ」

     そう礼を言ったところで彼らには何の感情もないことはわかっている。自身の能力でただ服従させているだけなのだから。それでも言わずにはいられない。ありがとう。そして、ごめんなさいを繰り返す。生きるために、ほかの生物を利用するしかない自分の弱さに絶望しながら。

    「これで少しは猶予ができたかな……シャルナークも、すぐには追ってこないはず」

     と、そこまで考えて足を止める。

    「もしかしなくてもシャルナークの目的ってヒソカが盗んだ金? だったらまずいなぁ……」

     辺りの気配を探るがそれらしきオーラは感知出来ず。どうやら追っては来ていないようだった。とりあえず安心。そして決意する。

    「捕まる前に残りを遣ってしまおう」

     どうせ捕まれば二度と自分に自由は無くなるのだから。

    「まずは買い物かな。ゆっくり店を見て回るなんてこと、今までしたことなかったし」

     何せ小さな村で暮らしていたのだ。人里へ降りて店で買い物をするなんてしたことがなく、旅団に攫われてからは更にそんな機会は失われた。だが一般常識はある。金で物を買うのはわかる。だが、実際のショッピングがどのようなものか、彼女は知らなかった。

    「すごい……!」

     大きな商店街。ハンター試験に向かう途中で立ち寄った港町よりもずっと都会で、人々がごった返す。酔ってしまいそうだ。船に酔ったこともないのに、と一人でにやけてしまうのも仕方ない。開放された気分だった。

    「こちらはいかがですか?」

     真剣に服を見ていたら店の人に声をかけられた。着たこともないフリルをあしらった真っ白なワンピース。

    「……もっと動きやすそうなのがいいかな。出来れば白以外だといい」

     何ものにも染まってしまいそうな色じゃなく、何色にも染められることのないように。誰にも変えられることのないように。

    「クラピカは、何色が好きかな……」

     好きな人にだけ、染まっていられるように。

    to be continued...





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