「あれ、どこ行ってたの?」
屋敷に戻るとゴンが心配そうに駆け寄ってきた。ちょうどキルアにも会えたようで、しきりに「早くここから出ようぜ」とまくしたててくる。仲間たちは特に詮索して来る様子もなく、紳士な対応であった。
「ほら、も早く」
「……キルア、元気だね」
独房に入りお仕置きとやらを受けていたのか、あちこちに鞭打ちのような痕がある。それでもゴンと会えた喜びから無邪気に笑うキルアを見て、こちらまで穏やかな気分になれるのだから不思議なものだ。
「え、ハンター証で入国したんじゃねーの!?」
「俺らもそう言ったんだが、こいつが強情でよ」
「じゃあ観光とか何にも出来ねぇじゃん。つまんね」
「うー、だって……」
ハンター証を使うのはいろいろ清算してからというゴンにキルアとレオリオは呆れたが、は素直にすごいと感じた。まだ幼い少年なのに、中身は随分と大人だ。
「いいんじゃないかな」
「?」
「けじめは大事だよ。自分が納得してから、ゆっくり使い道を考えればいいじゃない」
「……うん、そうだよね!」
山を降りて空港に着くと、今後の動きについてクラピカが尋ねた。別れが、近づく。
「ゴンはこれからどうするんだ? 父親を探すのか」
「うーん、その前にまずはヒソカに借りを返さなくっちゃ」
借り、と言うのは、ハンター試験中にゴンが受けた屈辱的敗北のことだろう。強くなって、ヒソカにプレートをたたき返すのだと意気込むゴンだったが、キルアにヒソカの居場所を知っているのかと問われて言葉に詰まる。
「……私が知っているよ」
「本当!? クラピカ」
「ああ、本人に聞いたからな」
9月1日、ヨークシンシティで。最終試験の後で、ヒソカはそう言ったという。
「ヨークシンで何かあるのか?」
「……大規模なオークションがある」
「ああ、そうだ」
億単位の金が動く、欲望が渦巻く巨大なイベント。そんなお宝を前に、幻影旅団が動かないわけがない。おそらくは、全メンバーが集結となるだろう。最悪な想像に、は身震いをした。
「そういうわけだから、私はこれから本格的に雇い主を探すために動こうと思う」
「そっか、仲間の目を取り戻さなくちゃいけないんだもんね」
「……俺も医者になるために故郷に帰るぜ」
レオリオが感慨深げにハンター証を見る。これがあれば試験にさえ受かれば学費が免除される。始めからそういった目的を持って命がけの試験に臨んできたレオリオが輝いて見えた。
「。君はこれから、どうするのだ?」
クラピカの発言に、全員の視線がへと向けられる。そうだな、と少し考える素振りを見せた後、彼女は
「来て、クラピカ。少し、話がある」
「? ……おい!」
クラピカの腕を引き、他の三人を残して空港の端へと移動する。残されたゴン、キルア、レオリオの三人は当然何が起きたか理解できずに立ち尽くしていた。
「……どうしたのかな? 」
「告白だな」
「えっ!?」
「……はは、まさか」
「……こんな場所へ連れてきて、一体何なのだ?」
「クラピカ。私はこれからどうするのかって聞いたね」
ああ。クラピカが頷いたのを確認して、は話し出す。これからの自分の、とるべき行動について。
「私はこれから、蜘蛛から逃げようと思う」
「……そうだな。きっとそれがいい」
「彼らが本気になれば、私なんかきっとすぐに捕まってしまうだろうけど。それでも、ゴンや貴方達を見て、一緒に過ごして、話をして。少しだけ、勇気を貰ったから」
ハンター試験が終わるまでには死のうと思った。けれど四次試験での出来事や、その後クラピカと話をして、死ぬ為に試験に臨むことは止めた。試験が終わってキルアの為にゾルディックの屋敷に乗り込んで、友達の為にと真剣に、死を恐れずに立ち向かおうとする彼らなら、自分のことも救ってくれるのではないかとも思ったりした。けれど、相手が悪すぎる。
「迷惑、かけたくないから。ゴン達には、あまり関わってほしくないからね」
「それには私も同感だ」
だからこそ、は幻影旅団のことをクラピカ以外の仲間には伝えていなかった。クラピカに知られたことも、ヒソカ経由で知られてしまっただけだったが、彼の場合、旅団に因縁がある点では他人事でもないのでこうして本当のことを話すことが出来るのだ。
「詳しいことはわからないけど、クロロが今年、蜘蛛としての大仕事を控えているって言っていた。それがきっとヒソカの言っていたヨークシンでのことなんだと思う。逃げるなら今がチャンスなの」
「そうか。やはりな……その目的がわかれば、奴らを一網打尽に出来るのだな」
「……」
ああ、だから駄目なのだ。
憎しみの炎で燃えるクラピカの瞳を見つめながら、は意を決したように、微笑んだ。
「だから、ね、クラピカ。私はもう、貴方には会えない」
「!」
「蜘蛛から逃げる私は、蜘蛛を追いかける貴方には会うことはない」
「そう、か……そうだな」
少し、声が震えた。本当は別れるのは惜しい。けれど、それでも自分は一秒でも永く生きると決めたのだ。
自分を仲間と認めてくれた彼らの為に。
「それでは――」
「待って!」
せめて、別れの言葉を口にする前に伝えて起きたかった。
「……!」
頬に伝わる柔らかな感触に、クラピカは目を見開いた。一瞬の口付けの後、唇を離したの顔も、一次試験で長時間走った後よりも紅潮していた。
「私は、貴方が好き」
それは、生まれて初めての告白だった。
「成り行きでハンター試験に参加して、ゴンやキルアに大人ぶってても全然そんなことなくて。でも、はっきりわかってる。私はクラピカが好きだよ」
恋も知らないまま身体ばかりが大人になって、気持ち以外の全部、奴に奪われた。もう綺麗ではないから、伝えるのも躊躇われたけれど、もう限界だった。これから先会えないなら、せめてずっと、覚えておいて欲しいから。
「私は死ぬまで貴方を好きでいるから、クラピカも私を、死ぬまでは――覚えていて」
「……、私は」
その気持ちに応えることはできない、すまないと小さな声で謝るクラピカに、は解っていたよと力なく微笑んだ。
「いつか貴方が蜘蛛を捕らえることができたら、その時はきっと私から会いに行くよ」
それがありえない事だと知っているから、気持ちだけでは蜘蛛に勝つことなど出来るわけがないから、素直に頑張ってなどとは言えないのだ。もしも、万に一つでもそうなった時には、自分は幸せになれるのだろうか。
「……それじゃ、戻ろうか」
ゴン達も待っているだろうし、もうすぐ飛行船の時間だ。
無理に笑みを浮かべるに、クラピカは再度心の中で謝罪をした。すまない、と。
「もー、二人とも遅いよ!」
「ごめんごめん。ちょっと、思い出話に花が咲いちゃって――」
「え、何? 俺達にも教えてよー」
無邪気に尋ねてくるゴンの癖っ毛を撫で付けながら、は静かに笑うだけだった。その様子にゴンが首を傾げる。
「……?」
「ごめんね、みんな。……あの、さ」
は蜘蛛のことは隠し、故郷に戻るからヨークシンでは会えない旨を伝えた。
「え……なんだ、そっかぁ。残念だな……」
「じゃあその後でもさ、会おうぜ。連絡先教えろよ」
「あ、ごめん……携帯とか、持ってない」
「なんだ、お前もかよ」
ゴンと言いと言い、それでもハンターかとキルアが呆れながら、に連絡先を書いた紙を渡した。
「あ、ありがとう」
「んじゃ、俺も。ほらよ」
「……これは私のだ」
キルアに続いてレオリオとクラピカからも連絡先を渡されて、だけどきっとかけることはないだろうと思うととても寂しくなる。
四人はまた会う約束をした。一緒に行こうと言われた。だけど、そこに自分はいない。
「あ、飛行船……来たみたいよ」
「おう。じゃあ、またな!」
レオリオとクラピカは途中までは道中一緒らしく、同じ飛行船に乗り込んだ。それからゴンとキルアが何やら話をしている。「特訓」「ヒソカ」という単語が聞こえてきた。
「」
「え、何?」
「俺達、力をつけるために天空闘技場に行くんだけど」
天空とう……何?
聞いたことのない名称に首を傾げると、やっぱりな、とキルアがまた溜息を吐いた。
「天空闘技場だよ。特訓にもなるし、金儲けも出来て一石二鳥なんだ」
「も一緒に行かない?」
なんだ、そういうことか。
すぐに別の経路で帰るから一緒には行けないと伝えると、やっぱりそっかーとゴンは少しだけ残念そうな顔をしたが、想定内だったようだ。じゃあ、気をつけてね! と元気な挨拶をしてくれた。
「うん。また、会えたら」
きっと、もう会うことはないんだけど。
それでも、最後まで仲間だと言ってくれて、誘ってくれて、本当にありがとう。
「天空闘技場、か。どんなところなんだろう」
青い空の下。久しぶりに一人で歩きながら、は小さく呟いた。