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     突然の銃声に、木に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立った。

    「まるで私達がキルをいじめているみたいじゃない……」

     銃声のした方を見れば、帽子とドレスに身を包んだ妙齢の女性と和装の少女の姿があった。女性の方は包帯と機械式のスコープで素顔が見えない。気味が悪い、と正直に思う。

    「キルアから伝言を預かっています」

     広げていた扇子を閉じて、キルアの母親だと言う女は淡々とその伝言とやらを口にする。今は会えない、というのは何故か。ゴンの問いかけに彼女は「独房にいるから」と答えた。

    「……では、ごきげんよう」
    「待ってください! 俺達、まだこの国にいます。キルア君にそう伝えてください」

     滞在期限はあとわずかしか残されてはいないが、それでもゴンにはキルアを諦めるなんてことは出来ないのだろう。キルアの母親とカルトという少女を見送って、ゴンは小さく息を吐いた。緊張か、落胆かはわからない。

    「このまま引き下がるのは癪だ。無理矢理にでもついて行かねぇか?」
    「うん……でも、そうすると彼女が責任を取らされるかも知れないから……」
    「あ、そうか」

     銃で撃たれ、頭から血を流し倒れた少女を案じて一向は山を下ることでまとまったが、その瞬間少女が起き上がり言った。私が屋敷まで案内する、と。
     執事見習いのその少女、カナリアの案内に従い樹海の奥にある屋敷へと辿り着く。しかしそこには黒スーツの男達しかおらず、一向にゾルディックの血筋の者は現れなかった。

    「ここは執事達が暮らす屋敷よ。本邸へは皆執事を通すことになっているの」

     なんとも回りくどい。常に首を狙われる暗殺家業なら至極当然であるが、これではキルアが望む友達などできるはずもない。

    「さあ、どうぞ」
    「……!」

     執事見習いのカナリアに促されるまま屋敷に入ろうとした瞬間、ぞくりと不穏な気配には足を止めた。ゴン、レオリオ、クラピカの三名がそれに気付かずに屋敷の中へと入っていく中、一人でそっと踵を返す。
     誰にも気付かれずに樹海に戻ると、退屈そうに腕組みをしながらイルミが立っていた。

    「……怖いよ」
    「何が?」
    「そのオーラ、やめて」

     が重々しい溜息を吐くと、当事者の男は本当に理解ができないといった様子で首を傾げた。

    「君には関係がないはずなのに、どうしてあいつらと一緒にキルアを助けようとする?」
    「……ゴンが、言った」
    「何を」
    「友達を助けるのに、理由なんか要らない」

     へぇ、君はキルを友達だと思っているのか。能面のように無表情の男は小馬鹿にしたようにを嘲笑う。わかっているのだ、自分が一番、おかしなことを言っているというのは。

    「いいじゃない……夢だって、たまには見ていたいんだよ」
    「……」

     三次試験の一時的な関わりしかないイルミに事情は話していない。恐らくはヒソカからクロロとのことを聞いたのだろう。本当にあの奇術師は空気のように口が軽い。

    「まあ、俺には関係ないけどね。クロロやヒソカとも、ビジネスパートナーでしかないし」
    「……」
    「俺自身は、君に興味もない」

     ちらり、不意に執事達の屋敷を一瞥したイルミは組んだ腕を崩すことなく溜息を吐いたのちに頭を垂れた。

    「……キルアはもうすぐここへ来るよ」
    「え!?」
    「親父が許したんだ、せっかく俺が連れ戻したのにさ。母さんもまたヒステリー起こすし、全く彼のせいで家庭が滅茶苦茶だよ」

     彼、というのはゴンのことだろう。イルミはゴンを危険視している。それだけ、キルアにとってゴンが大切な友人であると認めているということだ。それでもイルミがゴンを排除しようとしないのは、そう。

    「ヒソカに、釘を刺されたんだ……だから、私達を見逃すんだ?」
    「……面倒なだけだよ。彼に危害を加えたらヒソカに怒られるし、君に手を出したらクロロにも狙われそうだ」

     やれやれと少しオーバーリアクションを取るイルミだったが、その顔はやはり無表情。

    「それじゃあ、私は皆のところに戻る」

     最早どうでも良いのだ、この男にとっては。キルアのことがどうでも良いわけではないのだろうが、父親の決定だから仕方がない。自分達に、さっさとここから出て行って欲しいのだ。しかしが立ち去ろうとすると、イルミは「あ、そうだ」となんの抑揚もない声を上げてを呼び止めた。

    「君、クロロから逃げたいみたいだけど、クロロがいなきゃこの世界で生きていけないよ」
    「……っ!?」

     それは、事実。理解していたからこそ、第三者から突きつけられた現実に眩暈を覚えた。嗚呼、所詮は籠の鳥。飼い慣らされた身体は、もう他所で生きてはいけないのだ。中途半端に念を覚え、ハンターライセンスを取得し、その後のことなど全く考えもせず、彷徨うだけ。生きる目的も、ないまま。

    「うるさいなぁ……そんなこと、わかっ、てる」

     涙を堪えたせいで、声が震えた。これからキルアに会うのに。赤い目で、仲間の元へなど戻れやしない。全く、ヒソカといいイルミといい、悪趣味だ。

    「まあ、君が俺のモノになるなら、クロロから匿ってあげてもいいけど?」
    「冗談でしょ」

     吐き捨てて、そのままイルミに背を向ける。金にならない殺しはしないのが彼のポリシーだから、突然襲ってきたりはしないだろう。

    「クロロが君に入れ込むワケ、俺も興味あるしさ」
    「さよなら」

     本気だなんて思わない。捕らえて売るつもりだろう。今し方、興味がないと言ったばかりじゃないか。この男はある意味ヒソカよりタチが悪いと言える。

     無駄な時間を食ってしまったなと独りごちながら、は仲間の元へ戻って行った。

    to be continued...





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