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     ハンターサイトにアクセスすると、「第287回ハンター試験終了のお知らせ」という文字にページリンクが貼ってあった。

    「試験終わったみたいだよ、団長」
    「そうか」

     シャルナークはパソコンの画面を見つめたまま頭へ向けて言葉をかけて放つ。そして、別件で届いたメールの返信を打ち込みながら問う。

    「で、どうするのさ」
    「何をだ?」
    「迎えに行くのか、行かないのか」

     自分で言ったじゃん、試験終わったら迎えに行くって。
     呆れつつ、とは言ってもクロロが本気でそのような大事なことを忘れるとは思っていないので、話を誤魔化されたことに対するシャルナークの不満げな声に、当の本人は小難しいタイトルの哲学的な本に視線を落としながら唇に笑みを湛えた。

    「迎えに行くさ。これを読み終えたらな」
    「それはあと何時間後?」
    「一週間くらいかな」
    「団長!」

     人一倍彼女に固執しているくせ、悠長に事を構えるクロロにシャルナークはつい声を荒げた。しかしそれは、今までひた隠しにしてきた己の心の内を露呈することへと繋がってしまう。

    「……不満か? シャル」
    「っ!」

     クロロは本から顔を上げ、シャルナークを見た。黒々とした瞳が自分をとらえる。何もかもお見通しだとでも言うようなそれに、シャルナークは背筋が寒くなるのを感じた。

    「……俺が動くのを待てないなら、お前が迎えに行けばいい。その方があの小鳥も喜ぶかも知れないしな」
    「それ、本気で言ってるの?」

     今度は本気で呆れてシャルナークが言った。あの小さな鳥に固執しているのは実は自分の方なのだと自覚しつつ、だからこそクロロに迅速な行動をしてもらわなければならないのだ。彼女が自分たちの頭の所有物であるのなら諦めもつくが、中途半端に許されては生殺しもいいところだ。

    「の声に惚れてるのは団長だけじゃないよ。あのフェイタンも口には出さないけど結構気に入ってるからね」
    「……そうか」

     フッと笑い声を漏らしながら、クロロは本を閉じる。そして、一人掛けソファから立ち上がった。

    「心配せずとも、迎えに行く気はあるさ」
    「なら早く行かないと、ほかの奴に飼われてるかもよ」
    「それはないな」
    「……? なんでそう思うのさ」

     余裕綽々といった様子のクロロに、シャルナークはその疑問を口にする。そして問われた本人は、何の根拠もない理由を述べた。

    「もうあれには羽がないからな」

     醜く折れた翼の飛べない鳥を、一体誰が飼うと言うのか。そんな物好きは、自分だけでいい。誰の目にも、留まらなくてもいいから。

     だから、

    「迎えに行くさ。必ずな」

     今はもう少し、仮初めの自由を与えてやろう。

    「……」

     狂っているのはお互い様だ。しかしその中でも飛び抜けたクロロの異常さに、シャルナークは眉間に皺を寄せる。

     でもさ、団長。もうを見ているのは団長だけじゃないんだよ。団員のほとんどが、ヒソカが、彼女に興味を持ち始めている。あの多くの人種が入り乱れるハンター試験で、彼女が誰の目にも映らないとは、決して言い切れない。
     そうは思っても、それを理解していながらあえて口にしないというクロロの心境をシャルナークも理解していたので、口には出来なかった。そうだ、関係がないのだ。が誰に飼われていようと、欲しいものは奪うのが我々なのだから。



    「……!?」
    「わ、どうしたの? 」
    「あ、や……なんでもない。ごめん、ちょっと寒気」
    「風邪か? なら俺の出番だな」
    「いや本当に大丈夫だから、気にしないで」

     鞄を開いて薬を取りだそうとするレオリオと心配そうなゴンに再度何でもないと伝え、は荷袋から薄手の上着を一枚取り出して羽織った。これは風邪じゃない。きっともうすぐ、やつらが動き出すのだ。こういうのを、虫の知らせと言うのだろう。悪い予感はよく当たる。

    「大丈夫だよ」

     どれだけ時間があるのかもわからない。ただ泳がせて、遊ばれているのだと言うことだけは理解できるから、腹立たしくて、悔しくて、どうにかなってしまいそうだ。

    「今はキルアを助けることに、集中しよう」

     それは、まるで自分に言い聞かせているよう。今はまだ、目の前のことに集中したい。仲間のために行動するということ、例えそれが自己満足であるとしても。嫌なことすべて忘れてしまいたいと願う彼女は、

    「ああ、その通りだ」

     全てを理解した上で静かに肯定してくれる少年に、確かに恋をしていた。

     願わくば、この想いが実らずとも許される世界に、生きていたい。

    to be continued...





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