「何? その目」
「別に」
講義室でイルミは、隣の席に座るを見やった。腕と足を組んだ、あまり行儀が良いとは言えない体勢のままのイルミを睨みつけるような視線を送っていた彼女は一度、ハンターライセンスの使用について説明するマーメンの方に顔を向けた。講習の邪魔にならないようトーンを落として口を開く。
「兄弟喧嘩に口を挟むつもりはないよ」
「そう、良かった」
「……兄弟喧嘩なら、ね」
淡々と口にするを、今度はイルミが横目で見た。冷たいその視線にも、は動じない。クロロやヒソカと違って彼女がイルミを恐ろしく思わないのは、きっと彼がに興味を持っていないからだろう。
講義室では今、正に先刻のキルアの話で持ちきりだった。その様子を目の当たりにしていたクラピカとレオリオの両名が異議を申し立てたのである。試験会場から移動してくる前に大方の事情を二人から聞いただったが、その件について彼女が口を挟むことはなかった。ただ、
「……怒られるよ」
「? 誰にさ?」
の言葉にイルミが首を傾げた次の瞬間。講義室の扉が大きな音を立てて開かれた。全員の視線が、そちらに向く。
「ゴン」
レオリオがその名前を呼ぶ。骨折した腕をギプスで固定した少年は、つかつかとイルミに向かって真っ直ぐに歩いてきた。の隣に平然と座るイルミに、彼は
「キルアに謝れ」
一言そう告げた。何を、と尋ねたイルミは、本当にわかっていなかったのだろう。
「そんなこともわかんないの?」
「うん」
「お前に兄貴の資格ないよ」
「? 兄弟に資格がいるのかな」
そんなやり取りの直後。ゴンがイルミの腕をひっ掴んで、無理やり立たせる。掴まれた腕がミシミシと音を立てて、彼の隣でその様子がよく見えていたは、はっきりと骨が折れる不快な音を聴いていた。
「友達になるのにだって資格なんかいらない!」
「!」
ゴンがイルミに告げる。もう謝罪は必要ないから、キルアがいるであろう場所に案内しろと。普段は優しくて明るいゴンが怒りを露にして「お前達に操られているんだから誘拐されたも同然だ」と言い切ったことに、は目を細めて嘆息する。それはそうだと。
「ちょうどそのことで議論していたところじゃ、ゴン」
ネテロ会長の言葉に、ゴンはそこで初めてイルミ以外に目をやった。先ほど異議を唱えていたレオリオとクラピカが立ち上がり、各々の主張を口にする。しかしそれはどれも「キルアの不合格は正当なものではない」という内容で、恐らくそれはゴンが欲している答えとは異なっている。更にそこから話は変わり、合否の不自然さについてクラピカとポックルの睨み合いが始まる。その時に初めてクラピカとヒソカの試合の話を聞いたはハッとしてヒソカの方を見たが、彼はその視線を感じておきながら気づかないフリをしていた。内容を教えるつもりは毛頭無いらしい。溜息を零し、は視線を落とした。
「どうだっていいんだ、そんなこと」
収拾のつかなくなってきていた場に放たれた、ゴンの一言に室内が静まり返る。人の合否にとやかく言う必要などない。今回の不合格も、致し方のないこと。キルアなら次は絶対に受かると断言して見せたゴンは、目の前のイルミを強く強く睨みつけた。
「もしも今まで望んでいないキルアに、無理やり人殺しをさせていたのなら、お前を許さない」
「許さないか……で、どうする?」
「どうもしない。お前達からキルアを連れ戻して、もう会わせないようにするだけだ」
イルミの腕を掴む手に更に力が込められる。暫し無言でされるがままになっていたイルミはやがて、ゴンへと手を伸ばす。オーラを纏ったその腕に気づいたのは恐らくの他にはヒソカと試験管達だけであったが、野生の勘で何かを感じ取ったのか、ゴンが飛び退いた。
「とりあえず、座ったら?」
二人に向けて、は淡々とした言葉を投げる。ちょうど、今まで事の成り行きを見守っていたネテロ会長が「合否の結果は変わることがない」とまとめ、再びマーメンによるライセンスの講義が行われた。
「言ったでしょ、怒られるって」
「だから? 俺には何の関係もないことだよ」
「……まあ、だろうね」
折れた腕をぷらぷらと左右に振って見せる、イルミ。ハンターライセンスについて特に興味も関心もない二人の耳にはマーメンの言葉など届いていない。講義が終わって解散となった後すぐに、ゴンがイルミの元へとやって来た。
「ギタラクル、キルアの行った場所を教えてもらう」
「やめた方がいいと思うよ」
「誰がやめるもんか」
「後ろの二人も同じかい?」
イルミが、ゴンの背後に立つレオリオとクラピカを指して言った。もちろん、という返答を聞いて、今度はに視線をうつす。
「……君も?」
「もちろん」
三人が行くならば自分もと、はレオリオらと同じ言葉で頷いた。試験が終わってしまった今、自分を守るものは何もない。ヒソカの興味がどう動くかも不明だし、蜘蛛の足音もいつ迫ってくるかわからない。ならば自分の思うように行動したいとは考える。
四人の目を真っ直ぐに見たイルミは、まあいいかとその場所をあっさりと吐いた。
「ククルーマウンテン。この頂上に俺達一族の棲家がある」
そう面倒そうに告げイルミに背を向けて、彼の地を調べるべく四人はその場を後にした。