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     最終試験は、トーナメント形式の風変わりな試合だとネテロ会長は言った。ボードに記されたトーナメント表はひどく偏りが見られ、これはハンターの素質によるものだそうだ。

    「が、最下位?」

     レオリオの番号の隣、406の数字を目にしたゴンがそろりとの横顔を見る。だが当の本人は真剣に試験管の説明を聞いており、全く気にした風ではなかった。は理解しているのだ。自分には最初からハンターとしての素質など皆無であること。仕方無しにこの試験に踏み込んだだけであって、ハンター自体には何の思い入れも無い。生きるための手段でしかないのだから。

    「……当たりそうだね、レオリオ」
    「バカお前、俺は初戦で勝つに決まってんだろ!」

     レオリオになら勝てそうだと小馬鹿にするは、大分無理をしているように見える。クラピカはレオリオとじゃれあうからボードへ視線をうつし、思考する。素質の有る無しは置いておくとして、試合数が少ないと言う事はそれだけ合格が遠退くと言うことだ。絶対に受かりたいであろう彼女は、その現実をどう思うのだろう。
     試験に受かりたいという思いは、ここにいる全員が持っている。自分とて例外ではないが、しかし彼女が抱く想いは夢や目的と言ったものとは異なる。生か死か、彼女の中にはそれしかないのだ。

     一試合目はゴンとハンゾーの試合。力の差は歴然だったが、どれだけ痛めつけられてもゴンが諦めることはなかった。血反吐を吐くゴンを目にしてレオリオとクラピカが怒りに震える。腕を折られて、それでもなお真っ直ぐにハンゾーを見据えるゴンに、彼はとうとう諦めてしまった。ゴンに参ったと言わせる方法が見つからない以上、ここは引くしかない。そう言ったハンゾーにちゃんと戦おうと提示するゴンは、誰が見ても本当に駄々を捏ねる子供だった。怒ったハンゾーがゴンを殴って気絶させて、試合終了。
     骨が折れていることもあり治療のために部屋へ運ばれたゴンを見送って、は後を追うように部屋を出た。去り際、耳元でヒソカが囁く。

    「おや、もういいのかい?」
    「他人の試合を見る必要はないんでしょ? なら私には関係ないね」

     そもそもお前の顔は見たくない。そう吐き捨てて、扉を閉める。本当ならクラピカのことも、相手がヒソカなので心配ではあったが、それでもゴンの戦いを見て、正直あまりいい気分ではなかった。



     扉を閉めてしまえば、厚みのある防音扉の向こうから音が聞こえてくることはなかった。少し一人になりたくて、壁際にずるずると座り込む。
     戦うのが怖い。いっそ、誰かが失格になってしまえばいいのに。と、無責任で非常識な思考回路に自嘲を浮かべる。失格者が出ると言う事は、誰かが死ぬということ。自分自身死ぬためにやってきた試験で、他の受験生の死を願って生き延びようなんて反吐が出る。おかしな話だ。

    「こんなはずじゃ、なかったのにな」

     もっと早く、死んでいるはずだった。ハンター試験がそんなに易しいものではないと知っていたし、最初から合格するつもりなどなかったのだ。けれど、彼らに出会って、彼らに感化されて、少しずつ毒されていった。生に縋りつくことを、許してほしいと思った。それが罪だと思いながら、自身が望んだ。
     逃げたい。生きていたい。もう一生独りだっていいから。

    「……」

     爪が食い込むほど拳を握り締めて、俯いていた視線を上げて前を向く。呼吸を落ち着けて、考えることを放棄した。

     ……どうでもいいじゃないか、そんなこと。いつだって自分勝手なのは、奴らの方なんだから。それに比べれば自分の身勝手なんて可愛いものだ。
     それは責任転嫁にも等しい。けれど彼女の考えを責める者はどこにもいない。お前は永遠に囚われの身だと、嘯く者すらここにはいないのだ。



     どれほどの時間、いただろうか。自分の番になれば恐らく試験管の誰かが呼びにやって来るだろうが、その報せは未だ無い。の試合がまだ先であることは確かだったが、しかし何試合かは確実に終わり、ゴンの他にも合格者は出ているだろう。クラピカは合格しただろうか。実力でヒソカに彼が勝てるとは思えないが、けれど今回のこれは死闘ではない。ヒソカが気まぐれで試合放棄することだって有り得るし、本気で戦ったとしても殺されることはまずない。そんなことをすればヒソカ自身が失格なのだから。問題はレオリオだったが、彼もまあ大丈夫だろう。普段頼りなく見える彼は、ここぞと言うときに力を発揮できるタイプだと言える。そうなれば、やはり一番の問題は自分であるということをは痛感する。一体誰が負け上がってくるだろう。そんなことを考えた矢先のことだった。

     バタン、と扉が開く。思わず視線を向ければ、見覚えのある少年の影があったが、その名前を呼ぼうとしては息を呑む。生気の感じない表情で入り口に立ち、廊下に足を踏み出す。肩からだらりと下がった腕が揺れて、その度にぺたり、指先から誰かの血が滴り床を汚す。その血に濡れた手と頬を拭うこともせず、建物の外へと向かうキルアの悲しげな背中に声をかけることすら躊躇われてしまって、

    「キルア……!!」

     は開け放たれた扉の奥から飛び出してきたクラピカとレオリオの両名に対して

    「何が、あったの?」

     震える声で、そう口にするしか出来なかった。

    to be continued...





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