「本当に、ごめんなさい」
「……」
怒っているわけではなく、ただ悲しげな顔で自分を見ている少年へと、は再三頭を下げる。もういいから顔を上げてくれと困ったように言うクラピカだったが、それでもは顔を上げようとはしない。いや、出来るはずもなかった。
「酷いこと、たくさん言った。許されることじゃないってわかってる……傷つけた、よね」
「。……確かに、否定は出来ない。言われた時は少し傷ついたが、しかし後になって考えれば当然のことだと思ってな」
クラピカは頭を下げたままのの両肩に手を置いた。その重みでようやく顔を上げたの目に映ったクラピカの表情は、優しいものだった。
「ゴンに聞いたんだ。四次試験でのこと、ヒソカの殺気についてもな……」
「私、強がってばかりで、全然弱くてさ。がっかりしたでしょう?」
自嘲を浮かべるに、クラピカは首を振る。そんなこと、誰も思ってなどいないと。
「誇りを持って生きる者が弱いはず無いだろう?」
「……ないよ、誇りなんて。私はクラピカとは違うから」
誇りを持っていたら、こんな風に惨めに生きているわけがない。クラピカのように、死をも恐れずにあいつらに挑むことが出来ればと、はそれこそが誇りであると思っていた。しかしクラピカは、誇りの在り方はそれのみではないことをへと諭した。
「私は自分がそうであるからと言って、他人にまでそれを強要するつもりはないよ。……生き延びること。それが貴女の誇りではないのか?」
「……!」
生きていることが惨めに思えていた。母のようになりたくなくて、強くなろうとしたけれどクロロには決して敵わないと知ってしまったから、は自分は惨めで弱いやつだと思っていた。けれど、クラピカの言葉に、ようやく救われた気持ちになれた。
自分は、母のように自ら死を選ぶような、弱い人間になりたくなかったのだと。
「……ありがとう。本当に、ゴンとクラピカには頭が上がらないよ」
私の方が年上なのにね、とは微笑んだ。
「……、」
クラピカが何か言葉を口にしようとした時、頭上のスピーカーからアナウンスが流れた。ネテロ会長との面談に、クラピカの番号が呼ばれる。
「……では、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
軽く手を挙げてクラピカを見送ってから、は飛行船内をぶらぶらと歩いた。すると、一番最初に面談を終えたはずのヒソカが前方から歩いてきた。いつものように突然現れるのではなく、本当に偶然といった様子で、ヒソカもを見て「おや」と軽く驚いた。
「まさか合格するなんてね、キミは余程悪運が強いのかな?」
「ヒソカにとってはどちらの方が都合が良かった?」
「うーん、迷うなあ。失格してクロロのもとに舞い戻るのも良いけど、ボクとしてはもう少しキミの足掻きが見たいかな?」
「悪趣味」
ヒソカは喉の奥でクツクツと楽しそうに笑って、ありがとうと言った。どんな罵倒の言葉も彼にとっては褒め言葉となるので、これ以上は自分が疲れるのでは言いたい言葉を呑み込んだ。だが、
「……残念だったな。本当はボク、キミと彼が闘うところが観たかったんだけど」
「……ッ!!」
あんまりにも楽しそうにヒソカが発した言葉は、彼女にとって大きな地雷だった。
「……いい加減にして!! もう、振り回されるのはたくさんだ」
バチン、と廊下に破裂音が響き渡り、次いで聞こえてきた女の怒声に、受験生のみならず試験官たちも顔を出す。そこには今し方ネテロ会長との面談を終えて戻ってきたクラピカの姿もあって、は彼の目を見ることは出来なかった。
誰かが声を発するより先に、スピーカーからアナウンスが流れる。絶妙なタイミングで自分の番が来て、は周りに目もくれずに会長室を目指した。
の平手をあえて受けたヒソカは、頬に細い手形をつけたまま、一人笑みを浮かべていた。
「小気味良い音が聞こえてきたが、何かあったかね?」
「何でもありません」
全てわかっていて聞いているのだろうネテロ会長に、は溜め息とともにそう答えた。座るよう促され、会長の真正面に腰を下ろす。
「先ず、この試験に臨んだ志望理由を聞かせてもらえるかの」
「……生きるため」
「ほう? では、今残っている中で最も注目している受験生は誰かね?」
「404と、44番」
「なるほどな」
では、最も戦いたくないのは?
「……」
会長の問いかけに、は少し、悩んだ。悩んで、そして
「404番」
そう答えた。四次試験でのことを思えば、それが当然だった。他の誰と死闘を繰り広げようとも、クラピカとだけは対峙できない。そう思った。例えヒソカに返り討ちにあったとしても。
「ふむ、了解した。もう下がって良いぞ」
「……」
会長の不適な笑みを背に、は会長室を後にする。
「」
「!」
会長室から出て廊下を歩いていると、心配そうな顔をしたクラピカに声をかけられて眉を潜める。ヒソカと何があったか。そんなことを聞かれても、ちゃんと全てを話せる自信などなかった。
「ごめん。今は、何も聞かないで」
そう言いながら脇を通り過ぎて行くを引き止めることもせず、クラピカはその背を見送った。