「殺す。野鳥に食われて骨も残さずに死ね」
「怖いねぇ。別にいいじゃないかキスくらい。何も男を知らないわけじゃないだろう?」
「……死ね!」
しかも頬にしただけじゃないか、とヒソカは残念そうに呟いた。寸でのところでが避けなければ、目の前の男は本当に唇にしていただろう。ヒソカとキスなんて、冗談じゃない。早足で歩くの後ろから尚もついて来るヒソカに毒を吐き続ける。暫くは何てことのない話題だったが、やがて「そういえば」とヒソカが発した言葉に、の動きが止まった。
「キミ、何か隠しているだろ」
「……何のこと?」
「キミはウソが下手だねぇ。今度上手なウソの吐き方、教えてあげようか」
そんなことはどうでもいい。ヒソカが何を根拠に言っているのかはわからないが、そもそも自分が何を隠していようがヒソカには関係ないじゃないか。そういう結論に達して、開き直ることにした。
「ヒソカに隠し事をしちゃいけないなんて決まりごと、無かったと思うけど」
「それもそうだね。でも、キミは彼らにも隠している」
「!」
どきりとして、咄嗟にポケットにしまってあるクジを掴もうと探した。しかし、いくらポケットを探ってもカードの存在が見当たらず、焦りが出てくる。
「え、あれっ?」
「うーん、404か。どこかで聞いた数字だねェ」
「な……返して!!」
いつの間に取ったのだろう。ヒソカが持つカードに、血の気が引いていくのを感じる。まずい、と全身が訴えていた。返してと手を伸ばしたが、ヒソカは身を反らしながら楽しそうに口を開く。身長差もあり、ヒソカから奪うのは難しい。
「狩に行かないのかい?」
「しない! 私はもう、試験を受ける気はない!」
「なら、僕が彼を狩って来てあげるよ」
「……!?」
この間は逃がしちゃったしね、そう口にするヒソカ。動きが止まったかと思うと、途端に泣きそうな顔をするにヒソカの加虐心が煽られる。
「キミがボクを止めなきゃ、大切なお友達が死んじゃうかも」
「……ころ、すの?」
「んー、どうしようかな」
ヒソカに頼まなくてはならないというのは、とても癪だった。しかし、目の前の男が本気になれば自分も彼らも容易く殺されてしまうだろう。はプライドを捨て、ヒソカに深く頭を下げた。
「……お願い、だから。彼らの邪魔を、しないであげて」
「うーん。残念だけど、キミのお願いなら仕方ないかな……その代わり、この試験が終わったらボクに付き合ってくれないか?」
「……わかった」
そんな口約束、ヒソカが守るなんて保障はどこにも無いなどということは解りきっている。しかし、それに頼らなければ、きっとすぐにでも彼は行動にうつすだろう。
「もういいでしょ? 返してよ」
ヒソカの手からカードを奪って、そのまま逃げるようには走った。その際に耳元で、
「合格できたらまた遊ぼうね」
ヒソカが囁いた。
「……悔しい」
悔しい、悔しい。
合格する気がないという意思をはっきり示しているのに、あの道化師は「この試験が終わったら」などとのたまった。そこに何の意図があるのか、考えたくもない。
は数字が書かれたカードを握り締めながら我武者羅に走った。前も見ず、時々茂る蔓がしなって足や頬に傷をつけていく。
「……ッ!?」
「! おっと」
誰かにぶつかって、体勢を崩しかけたところで肩を支えられる。相手の唇から漏れた驚きの声に、恐る恐る顔を上げれば、目を丸くしたまま立ち尽くすクラピカの姿が目に入った。
「……クラピカ?」
「前も見ないで走ると危ないぞ」
「ご、ごめん……あの、私急いでいるから」
それじゃあ、と立ち去ろうとしたが、そこでは気付く。ぶつかった衝撃で、クジの紙が自分の手から離れてしまっていたことに。すぐに視線を巡らせてそれを見つけたが、
「? 何か落としたぞ」
「だ、駄目!」
近くに居たクラピカが拾い上げ、それを見て固まった。
「……お前のターゲットは、私だったのか」
「……うん。で、でも安心して! 私、クラピカを狩る気はないから。試験がここで終わっても、私は」
「」
取り繕うように言葉を並べれば、クラピカが怒気を孕んだ声での名前を呼んだ。イルミやヒソカと言い、試験が始まってから誰かに怯えてばかりだなと他人事のように思う。
「何故、諦める必要があるのだ。確かにお前だからと言って私のプレートはやれない。私にもやるべきことがあるからな。……しかし、受験者は他にもいる」
三点分のプレートを集めればいい。ならば自分も手伝うと申し出てくれたクラピカだったが、はそれを拒んだ。
「いいんだ……最初から、合格する気なんて無かったし。うん、クラピカやレオリオが目標を叶えるの、応援しているから」
「何故!? お前は、お前を縛るものから……自由に、なりたいのでは無かったのか?」
「……っ、だって、そんなことできない。あいつから、逃げるなんて絶対にできないから」
解ってしまったのだ。ヒソカの殺気にあてられてしまった瞬間に、悟ったのだ。自分は死にたくないと。死が怖くない人間がいるはずがない。クロロは、彼は特別だっただけだ。自ら死ぬことが出来ず、クロロも恐らく自分を殺しはしない。結局、彼の元で飼い殺されるほかに自分の生きる道はないのだろう。
「しかし……!」
「追いかける側の貴方には、追われる私の気持ちなんてわからない!」
「!」
「あ……」
感情任せに声を荒げてしまって、はハッと息を呑んだ。こんなに身を案じてくれる彼を、酷い言葉で拒んだ。クラピカは俯いて、そうだな、と呟く。
「すまなかった。確かに、私にはお前の行動を決める権利はない」
「……」
去っていくクラピカの背中に向けて、は心の中で謝罪を繰り返した。