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     トランプのジョーカーは道化者の装いをしていることが多い。ヒソカのように笑顔の仮面を張りつけて、その実裏では何を考えているのかわからない。トランプにおいてジョーカーは、時には敵にも味方にもなりうるものだ。手札にある道化師の絵柄を見つめながらそんなどうでも良い事を考え、更にこれは単なる現実逃避だと自覚してしまったはそれを誤魔化すためにため息を吐いた。

    「キミ、ポーカーフェイスが下手だねぇ」

     イルミを見習いなよ、とがハズレを引いて残念がっていると思ったヒソカは対面で今し方勝利へと近づいたであろう能面男を見た。

    「今は誰もいないからいいけどさ、気をつけてくれよヒソカ」

     今の俺はギタラクルなんだから、と言ってからイルミはの方を向くと更に続けた。

    「わかってる? キミもだよ。他の受験生の前で本名呼んだら殺すから」
    「……わかった、わかったからその顔でこっち見ないで。多分呼ぶ機会なんてきっとないし」

     そもそも、何故このような状況下に置かれているのかが不可解である。試験が終わってから顔を針で元の状態に戻したイルミを見つけると一番で試験をクリアして暇を持て余していたヒソカは、当たり前のように「トランプしよう、三人で」と言った。さも当然といった風に自分が含まれており、且つ拒否権などない強引な物言いに憤慨しつつも、自身も暇であることに変わりはないので仕方なしに受け入れることとなったのだった。しかし、最初こそトランプタワーや大富豪、七並べなどの有名どころを一通り行っていたのだが、そろそろネタが尽きてきた。ちなみにヒソカとイルミの本気のスピード勝負は両者ともに早すぎて決着がつかなかったので引き分けとなり勝敗には加算されなかった。そうこうしている内に、五時間弱が経過した。としてはそろそろ止めたいのだが、ヒソカもイルミも何故か止めようとはしない。無表情でいるイルミも、一応は楽しんでいるのだろうか。四十七戦目のババ抜きで、これまで五十は見たであろう道化師にまた出会ったところで嬉しくも何ともないのに。いつになれば、この不気味な光景から解放されるのだろうか。早く、一刻も早く誰か来てくれと切に願うであった。



    「、大丈夫かなあ」
    「さあな、アイツの運次第じゃねぇの? 他のルートも多分、こっちみたいにルールが決まってるんだろうしさ」
    「もう、元はといえばキルアが押したからが落ちちゃったんだよ?」

     咎めるようなゴンの口調に、わかってるよ、とキルアはばつが悪そうに呟く。
     が落ちた隠し扉を見てヒントを得た二人は、そこより少し離れた場所で五つの隠し扉を見つけた。が通った扉の付近にも扉があったのだが、どうせならもう少し探してみようという意見に達したのだ。そのことをレオリオとクラピカに伝えてそれぞれ扉をくぐると、そこは頑丈な部屋になっていた。多数決の道という試験管の説明を受け、更にトンパを加えた五人で挑むこととなったのだが、途中で現れた試練官との勝負で、勝利したもののレオリオが賭勝負で敗れた結果五十時間という代償を払わねばならなくなった。そのための小部屋が、今自分たちがくつろいでいる正にこの場所である。まさかがヒソカとギタラクルにトランプ遊びに付き合わされているなどとは夢にも思っていない二人は、彼女の無事を願うフリをしながら用意されていたテレビゲームに熱中するのだった。

    「彼女のことだ。あまり心配は要らないだろう。……それよりも私は、お前達に落ち着きが無いことの方が問題な気がするがな」
    「ああ、全くだぜ」

     クラピカの発言とレオリオの同意の声に、ゲームを操作しながらキルアが唇を尖らせる。

    「それは反省してるぜ。でもさ、オッサンには言われたくねーよな」
    「てめぇこのガキ」

     この小部屋での時間経過を余儀なくされたのは、もとを正せばレオリオの下心につけ込まれたせいだったので、今回レオリオはそれ以上口を挟むことを許されなかった。

    「とにかく、だ。今は我々が合格する事を考えよう」
    「うん、そうだね!」

     しかし、未だ支払うべき時間は十時間ほど残っている。一行はそれぞれ暇をつぶしながらも時間が過ぎるのを待つばかりであった。



    「……もう止めない?」
    「止めない」

     楽しそうに即答するヒソカと、それに同意するかのようにカタカタと震えるイルミもといギタラクルに、はため息を吐いた。もう数人、合格者が通路を抜けて現れているというのに一向にゲームが終わりそうにない。四番目にゴールした忍者のハンゾーは、その奇怪な光景に目を疑い三度振り返った。疲れ果てた表情を隠そうともしない彼女に哀れみの眼差しを送ると、火の粉を被らないよう離れていき、一人思う。きっと彼女のそんな表情ですら、変態奇術師を喜ばせる材料なのだろうと。

    「帰りたい……」
    「どこへだい?」
    「…………」

     そう呟いたところで、に帰る家など無いのだ。至極楽しそうなヒソカを睨みつけてから、二枚のカードを場に捨てる。かれこれ十数時間。時折休憩を挟むことを許されはしたが、それでもゲームは続けるつもりらしいヒソカにげんなりしてしまう。早くクラピカ達来ないかなぁ、などと思いながらも彼女は順番が巡ってくる度に律儀にもカードを引くのだった。
     結局が解放されたのは、残り五分を切った頃であった。彼ら、来ないね。見込み違いかな、とヒソカはの耳元で囁いたが、彼女は毅然とした態度で扉を見つめていた。まだ、試験は終わってない。そう言ったの瞳は強い光を宿していて、蜘蛛に飼われていた小鳥の娘はそこにはいなかった。



    「着いたあーっ!!」

     ゴンの大声と同時に滑り込んできたのは、トンパを含む全員。トンパの存在はどうでも良いが、誰一人欠けることなくゴールしたことに、はホッと胸を撫で下ろす。それから早々にヒソカの傍を離れ、彼らに近づいた。

    「お疲れ様。ギリギリだったね」
    「あっ、! 良かった、合格出来たんだね」

     ゴンが心から嬉しそうに言ったが、その格好は自分たちと変わらないほどにボロボロで。それを見たキルアはニヤリと口角を上げて意地悪く言う。

    「ってか、苦戦しすぎじゃねーの? だっせー」
    「……あのね」

     キルアは自分に余裕があるからこその発言であったが、彼は忘れていたのだ。彼女が穴に落ちたのは自分のせいであることを。そして偶然にもギタラクルと共に二番手でゴールしてしまい、延々とトランプ遊びを強制させられていたのだ。それを思い出すと、沸々と怒りが込み上げてくるのも致し方ないことである。

    「キミのせいでどれだけ、私が苦労したと思ってるの!?」
    「な、なんだよ……悪かったって。絞まってるってオイ!」

     服の首元を掴んで上下に振れば、流石のキルアでも多少は苦しいらしい。あまり心は篭っていないが一応の謝罪の言葉を聞いてまあよしと手を離したに、今度はクラピカが話しかける。レオリオとトンパは、これまでの疲れからか壁際でぐったりとしたまま動けずにいるようだ。

    「何か、あったのか?」
    「え? ううん……何でもないよ」

     心配そうな表情を浮かべるクラピカに、は笑ってそう返した。ヒソカとは本心から関わり合いになりたくないが、今のところ彼に害意はないようなので、殺されないように奴の望むことに付き合ってやるのも処世術の一種なのかもしれないと諦めているのだ。

    「……」

     納得したようなしていないような、複雑そうに黙り込んだクラピカからの視線に、は気付かないフリをした。
     ヒソカと一体どういった知り合いなのか。何故、彼はこんなにもに関心を示すのか。いくら他人のことに首を突っ込んだり詮索はしないクラピカであっても気にならないはずも無い。それでも、全てを正直に話すにはまだ早すぎるのだ。

    to be continued...





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