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    「う、嘘……っ」
    「っ!!」

     暗闇に沈んでいく自分の身体と浮遊感に、は無邪気な少年二人を心底呪った。



     朝、飛行船が到着したのは地上よりはるかに高い場所だった。トリックタワーと、試験管の男は言った。制限時間内に塔の下まで下りてくることが試験である、と。
     ある受験者が、塔の外壁を伝って下りることを試みたが、それは怪鳥に阻まれて叶わなかった。恐らく隠し通路があるのだろうという結論に達したクラピカが発言した通り、隠し扉はあった。

    「……これをくぐるのかな」

     罠という可能性も否定は出来ない。だが、床に発見した隠し扉の奥は薄暗くて先など見えない。飛び込んで、串刺しとかは嫌だなあと零した直後、を悲劇が襲う。

    「あ、!」
    「そんなとこで何やってんだよ!」
    「!?」

     しゃがみ込んで隠し扉の確認をしていたところに、ドン、という衝撃が背中に伝わる。キルアに背を押されたのだと言うことは理解したが、思った以上の力強さに、の身体は深く地面に沈んだ。
     床と、共に。

    「え、ちょっ……嘘っ!」

     体勢を立て直そうとしたが、動き出した扉は既に半分以上開いていて、彼女の身体はあっという間に暗闇へと呑み込まれてしまったのだった。

    「……」
    「……」
    「…………あったな、隠し扉」
    「うん……」

     が消えた隠し扉の前で、キルアとゴンは冷や汗と引きつった笑みを浮かべた。

    「まあ、何とかなんだろ……」
    「そ、そうだよね! なら大丈夫だよね!」
    「多分な」
    「……」

     一応は確認してみたが、の落ちた穴は押してもびくともしない。扉は一人一つのようだ。

    「ここは諦めて他の扉探しに行こうぜ」
    「……そうだね」

     相変わらず切り替えの早いキルアに感心しつつ、ゴンはもう一度閉ざされた扉を見た。
     、大丈夫かな。



    「……痛っ、腰打った」

     不意打ちだったせいで受身を取るのに失敗したは、ぶつけた腰をさすりながら立ち上がる。タワーの外壁と同じく内部も石造りの部屋。室内をぐるりと見回したが、特に罠らしいものや敵はいないようだった。
     部屋の奥、細い通路が見えたが、頑丈な鉄格子に阻まれてその先へは進めないようになっていた。どうしたものかとふと顔を上げれば、金属製のプレートが壁に打ち付けられており、そこには”障害物二人三脚の道”と書いてあった。二人三脚? 嫌な予感しかしない。そこで、通路横に設置された台の上に足枷が置かれていることに気づいて、はさっと青褪めた。プレートの下には、小さくペアでゴールすること、と書かれている。

    「相手が来ないと、先へは進めないってことか……」

     二人三脚などやったことはないが、チームワークが大切な競技と聞く。ペアの相手次第だが、もしも相方がヒソカだったりしたらと思うと気が重たくなった。

    「待つしかない、かな」

     それから約一時間程経過して、そろそろ退屈で眠気がやってきた頃。ガコン、天井の隠し扉が動いた。
     どさりと降ってきた人物を見て、は咄嗟に身を引いた。

    「……ひっ」

     小さく声が漏れる。人間かどうかも怪しい外見をした、恐らく男は、ギギギという鈍い音を響かせながらに向き直る。暫く、無言が続いた。

    「あ、あの……?」

     見つめられたまま、また目を逸らすこともできずにようやくそれだけ言うと、男が「ああ」初めて声を発した。

    「キミ、ヒソカが気にかけてた子か」
    「え……」

     ヒソカに気にかけられていると言うことも勿論気に掛かるが、目の前の男はそのヒソカと知り合いらしい。しかし、蜘蛛にこんな不気味なやつは居なかったはずだが。いや、ボノレノフやコルトピと同系列と言えば似ていなくもない。

    「貴方、誰……」
    「ま、ここなら誰もいないし……いいか」
    「?」

     一人でぶつぶつと独り言をしながら、男は顔の玉をひとつ掴んで、抜き始めた。深く顔に刺さっていたそれは、沢山の針のようだ。ズズズと不快な音を立てながら一本一本抜いていくと、男の顔が、更に不気味な音を立てながらその形を変えた。
     全ての針が抜き取られると、そこには先ほどの不気味な男は居なかった。肩にかかった黒い長髪を払いながら、床に落ちた針を拾っていく男は、淡白な口調で自己紹介をした。

    「俺はイルミ。イルミ・ゾルディックだよ」
    「イルミ、ゾルディック……」

     その顔に見覚えはない。だが、その名前に聞き覚えがあった。仕事の電話で、クロロが呼んでいた名前がイルミだったのだ。

    「暗殺者……ゾルディックの長兄……クロロと電話で話してた」
    「あれ? ああ、そうか。キミがクロロのお気に入りね」

     ヒソカが、クロロが、自分のことをどんな風にイルミに話しているかはわからない。しかし、彼は別にクロロの依頼でここにいるわけではないのだろう。

    「そんなに警戒しないでいいよ。俺、別にキミに興味はないし」
    「……」

     それは正直助かるが、しかしこの試験内容ではそうもいかないのだ。ちらりとがプレートを見やると、イルミも気付いたようだった。

    「…………ねぇ」
    「え?」
    「足引っ張ったら、殺すから」

     イルミの放つ殺気に、は泣きたくなった。
     彼が何者なのかはわからないが、クロロが仕事の依頼をするほどの相手なのだ。



    「だから、足を出すのはそっちじゃないって。何回目? 学習能力無いね」
    「う、うぅ……」

     七回目の転倒に、イルミは無表情のままだったが呆れて溜息を吐いた。一度目、転んだ矢先に殺されると思ったが、イルミは「君を殺したらヒソカとクロロに怒られるのか。それも面倒だな」と思いとどまった。そのかわりに、精神的攻撃をしてくるようになったのだった。
     鎖の短い枷をしての二人三脚。更に至る所に仕掛けがあり、邪魔をしてくる。一つ一つは死ぬことのない軽い罠だったが、その仕掛けによりバランスを崩し、はまた転倒するのだった。しかもイルミは自分に火の粉が掛からないように立ち止まったり足を引くので、全てが被害を受けることになる。

    「多分もうすぐゴールだと思うんだけどな」
    「い、イルミ……さん」

     ずるずると足を引きずり、ついでにの服を掴みながら歩き続けるイルミは、何? と冷たい目でを見下ろした。

    「痛いです」
    「そう、俺も足が疲れたよ」
    「……」

     しかし、この試験は二人でゴールしなくては意味がないと言う。仕方が無いからさ、運んであげるよ。とイルミは全く心のこもっていない声で言った。
     やがてゴールの扉が見えてくると、はようやくイルミから解放された。出口はスタート地点の通路同様に硬い扉で閉ざされていたが、壁にかかっていた鍵で足枷の錠を外すとそれが合図になっており、ゆっくりと扉が開いていく。

    「おやおや、随分と満身創痍だねぇ」
    「ほっといて」

     一番で合格したらしいヒソカに、哀れみの含んだ眼差しを向けられたことはとても心外だった。

    to be continued...





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