「は女の人だったんだね」
「ゴンは野生の勘は働くのにそういうのには鈍感なんだね」
「うー、の意地悪」
ごめんね、冗談だよ。
ゴンのツンツン頭を撫でてやりながら、は微笑む。
「クラピカは知ってたんだな。ずりぃぜ」
「別にずるくは……私はただ、助言しただけだ」
レオリオがため息混じりにクラピカに向けて言葉を放つ。の性別が女であれ男であれ、クラピカの態度が変わるわけではない。それはゴンやレオリオとて同じことだったが、三次試験会場へと向かう飛行船の中、飢えた一部の受験生達が下卑た目で彼女を見ていた。
「俺に少し付き合わねぇか?」
大柄な男が通路を塞ぐ。仲間なのかそうでないのか、後ろにも一人。心底面倒そうにやれやれとは肩を竦め、物怖じせずに男を見る。
二次試験に受かったからと言って、ハンターになれるわけでは当然ないだろうに。何を思い上がっているのか、目の前にいる二人の男は、飛行船に揺られて多少の酔いを感じて休もうと人気のない場所に移動しようとしていたを見つけるとそんなことを言って詰め寄ってきた。
「悪いけど、興味ない」
「まあそういうなって」
「あんたも暇だろ? 俺達と楽しいコトしようぜ」
馴れ馴れしく触れてくる男は、正直言って好みじゃなければ特別強そうでもない。惹かれる要素がどこにも見当たらず、言いなりになる必要もなかった。
許可もなく男が肩に手を置いてきて、苛立ちがピークに達したは小さく息を吸い込み、男に向かって音とともに息を吐き出した。
「うわあっ!?」
「構って欲しいなら遊んであげる。ただし、命の保障はないけどね」
彼女の本気の目に、男達は怯えた様子で逃げ去った。よくもまあ、ハンター試験にここまで残れたものだと逆に感心してしまう。
「……疲れた」
クロロと会話をするのも大概だったが、眼中に無い男の相手をするのもかなり消耗する。自分は慣れない乗り物で気分が優れないのに、と備え付けのベンチに座りなおしたは大きく溜息を吐いた。
「大丈夫か?」
「!」
びくり、肩を震わせて声をかけてきた男を見れば、それはよく見知った顔だった。
「なんだ……クラピカか」
「なんだとはないだろう。先の一件で、すっかり有名人だな」
「いやだなあ……本当、意地が悪い」
断りもなく、項垂れるの隣に腰を下ろすクラピカ。疲れているからと、先に休んだのではなかったのか。困惑気味のにクラピカがぽつり、苦笑交じりに再度言葉を投げかける。
「大丈夫か」
「……平気だよ」
どうってことない。女だから、弱そうだから。そうやって見下されて、囚われ囲われてきた事実。今更あんな奴らに絡まれたからと言ってフラッシュバックするようなトラウマでもないのだ。
……それでも。
「男は嫌いだ……あんなやつら、ばっかり」
隣にいるクラピカは、自分も男なのだが、と思ったがそれを言える雰囲気ではなかったので言葉にはしなかった。ただ、二次試験を途中放棄して戻ってきてから彼女の様子がおかしかったのが気になって寝付けずにいたのだ。行動を共にしてから日は浅いが、それでも、今の彼女は少々自暴自棄になっているようにも思える。どうしたものか、とクラピカは考えて、しかし女性に対してどこまで踏み込んでいいものかと頭を悩ませていると、沈黙を破ったのはの方だった。
「私はね、どうしても試験に受かりたいわけじゃないんだよ」
「……え?」
「クラピカにレオリオ、それからゴンみたいに……確固たる目的があって受けたわけじゃない。偶然……いや、これもきっと、仕組まれていたことなんだろうな……ううん、とにかく試験の合否はあまり重要じゃないんだ」
時折独り言のような言葉に、クラピカはかける声を失う。元々試験に意欲的という印象は受けなかったが、それでは何故、試験を受けたのだという思いが拭えない。ゴンと友人になったキルアという少年はゲーム感覚であるようなことを言っていたが、それとはまた違うのだろう。それに、ヒソカと知り合いらしいという点も引っかかる。だが、それこそ踏み入ってはならないような気がした。本人が言ったわけでは勿論ないが、触れてほしく無いと、彼女の全身がそう訴えていたのだ。
「でも、ね……それでも、嫌なものは嫌なの」
彼女の膝の上で握った拳に力が入る。
「女だからとか、弱そうとか、さ……そういうので決め付けて、私のことなんて、誰も見てないんだもの……」
それは何についての発言なのか、クラピカにはわからない。先ほどの男達のことか、それとも彼女を囲っていたという”飼い主”のことか。どちらにせよ、仲間として、彼女にこんな顔をさせる存在が許せなかった。
「……私は、が弱いとは思わない」
「……!」
いつの間にか爪が食い込む程に強く握っていたの手を、クラピカの指がそっとほどいた。そこに他意はなく、先ほどの男達のような下心も感じられない。温かく、心地良ささえ感じて、はハッと息を呑んだ。
「実際に私達はの力に助けられている。その力が何なのかはわからないが……それだけで十分だろう。貴女は強い人だ」
「クラピカ……」
今まで男に触れられても、嫌悪感しか生まれなかったのに。クラピカの容姿が男とは思えないくらい端麗だからか、違う感情が芽生えそうで怖くなる。ようやく名前だけを口にすると、クラピカは弾かれたように顔を上げ、から離れた。
「す、すまない……女性に気安く触れるなど」
「……ううん、大丈夫」
ただ驚いただけだ。クラピカでも、そんな風に触れたりするのかと。言葉にするよりも触れることで、本能的に不安を取り除こうとしてくれたのだろうか。そうだとしたら、恐ろしい。無自覚タラシか、は心の中で呟いた。
「ところでクラピカ、そろそろ戻った方がいいんじゃない? 疲れているんでしょう、顔色があまり良くない」
「は、どうするのだ? 共に戻らないのか?」
「……私はまだ、ここにいたい、かな」
そうか、と了承して、先に戻っていったクラピカに感謝する。
何も聞かずにいてくれて、ありがとう。それと、何も言えずにごめん。
「いつまでそこで見てるのかな」
「なんだ、バレてたのか」
廊下の陰から姿を現した趣味の悪い道化師にオーラを飛ばしながら睨みつければ、彼は楽しそうに笑った。
「いい感じに青春してたから、クロロに写真でも送ってやろうかと思って」
「……死んで」
別に本気で言っているわけではないのだろうが、もしもここでが「好きにすれば」などと発言したら、恐らくヒソカは本当にメールをクロロに送りつけるだろう。自分は百歩譲って良しとしても(決して良くはないが)、クラピカの情報をクロロに送るわけにはいかない。もしもこれから先、クラピカがクロロ率いる蜘蛛と対峙した時にきっと不利になる。そう口にしたところで、恐らくヒソカは馬鹿にするのだろう。キミ、本当に彼が蜘蛛に勝てると思っているのかい? なんて言われるのが目に見えている。勿論、それは願望でしかないのはわかっているのだ。
「もう話しかけないで」
「ボクはこんなにもキミに尽くしているのに?」
「重すぎる男は嫌われるってそろそろ学んだら?」
ヒソカはひとしきりをからかった後でボクもそろそろ休むよ、と言って船室へと戻って行った。去り際、余計な一言を発して。
「一緒にトランプタワーでも作らない?」
「一生誘わないで」
そんなやり取りも、奴は楽しいようだ。