また会ったねと、彼女は微笑んだ。
「……貴女がハンターになれるとは思えない」
「試験は誰でも受けられるって聞いたんだけど?」
「それは、その通りだが」
目的の酒場について情報収集をしていると、野党に襲われていた女と再会して少年は呆れたような視線を向けた。それでも女は意に介した様子もなく、少年の隣、カウンター席に腰掛ける。
「私にも、引けない理由がある」
「!」
「一緒に行こうなんてもう言わないからさ、追い返したりはしないでよ。ね?」
自分自身にハンターを志す目的があるように、目の前の女性にも、金や名声ではない他の目的があるのだと理解した少年は、静かに頷いた。
そして、
「女性の一人旅は狙われやすい。注意した方がいい」
出されたドリンクに口をつけながら、小さく忠告する。それは襲ってきた野党達が言っていた言葉でもある。確かに、と女は笑う。長い髪も、この言葉遣いも、もう不要なものであるのだということを思い出して。
「助言、ありがと」
「……別に」
本当に無愛想な少年だ。女は可笑しそうに笑いながら、
「私は。よろしくね」
そう名乗った。対する少年も、
「クラピカだ。……縁があれば、また会うこともあるだろう」
そう返した。最初の時のような嫌悪感は感じられず、ほんの少し心配している様子さえ見える。
「……っく、さすがに数が多すぎるな」
面倒なことになった、と少年クラピカは溜息混じりに呟いた。
酒場で情報を得た後、小さな町の宿屋は既にハンター志望者達で満員だった為、森の中で野宿することを余儀なくされたクラピカ。最低限の物を揃え、森の中へ足を踏み入れたのだが、前の森で討伐した追剥共が仲間を引き連れて追ってきたのであった。
別に数人がかりでも負ける気は更々無いが、如何せん面倒なことになった。ハンター試験に万全の状態で臨めるよう、無駄な争いは避けたいものだと心底思う。あの女性を、を助けたことがこのような状況を招いたのだが、それを後悔する程小さな器でもない。ただ――本当に、心底、面倒なだけだ。
「女は一緒じゃないんだな」
「あの女、どこに隠れてやがんだ……町中探したが、全然見つからねぇ」
「この暗闇で、森を抜けられるわけがねぇ。絶対探し出してやる!」
男達が息巻く最中、クラピカは何故か安堵していた。
「そうか……彼女は、逃げられたのか」
目の前の男達のように、ただ遊んで暮らすためにハンターを志す人間とは違う。確固たる意志を秘めた瞳に、クラピカは自分と同じものをに感じていた。もう会わないかも知れない。だが、同じくハンターを目指すなら。彼女のような人物がいいと、勝手に思ってしまったのだ。
こんな奴らに、追わせるわけにはいかなかった。
「彼女の代わりに、私が相手をしてやる」
逃げるのを止めたクラピカに、男達は下卑た笑みを浮かべながらにじり寄っていく。
今にもクラピカに飛び掛らんとする男達の頭上で、
「下手な鉄砲は数があっても、それなりの精度がなきゃ当たらないよ」
ずっと探していた女の声が響いた。
「女……どこだ!?」
「やられた仕返しに仲間を呼んでくるなんて、本当に低俗だ。笑えるね」
「……?」
一向に姿を見せない女に、男達は苛立ちを募らせていく。だからか、クラピカ以外の連中は、周囲の変化に気づくことすら出来なかった。
「な、なんだ!?」
一人の男が、突然声を上げる。
「う、うわぁっ!?」
一人、また一人、声を上げながら倒れていく。理由も分からないまま、次々と仲間がやられていく様子を見ていた男達はうろたえ、ついには逃げ出した。
「かまいたち現象か」
「お見事、正解」
一般的に知られるそれは原因不明の超常現象とされているが、実際に今クラピカが目にしたのは、風が鋭い刃となって男達の手足を切り裂く瞬間だった。
クラピカの言葉に賞賛し、更に逃げていく情けない男達の背中を見送りながら、はようやくその姿を現した。だが、その容姿は酒場でクラピカと別れたときから随分と変わっていて。
「どう、似合う?」
「……」
「クラピカの助言通り、変装してみたんだけど」
「私はそこまで思い切れとは言っていない」
「結構気に入ってるんだけどな」
長かった髪を思い切って切り、目深に帽子を被った姿は一見少年のようだった。背格好がクラピカとそれほど差がない為、更にそう見えるのかもしれない。
「、君は」
「って呼んで。クラピカ」
名前も容姿も人格さえも捨てていく。全ては奴らに見つからないため。自分の人生を、やり直すために。
「」
「こいつら私を探してたんだね、巻き込んじゃってごめん。迷惑ばかりかけたけど、きっともう追っては来ないと思うから」
「いや……私の方こそ、助かった。勝てないことはないが、正直あれだけの数を相手にするのは骨が折れるからな」
確かにクラピカなら、あの程度の使い手なら負けることはなかっただろう。改め、は苦笑を浮かべながら別れの言葉を残して立ち去ろうとした。
だが、意外にもクラピカが引き止めたのだった。
「もし君の気が変わっていなければ、会場まで一緒に行かないか」
彼女は自ら語ることはしなかったが、その不思議な力には興味が沸いた。
「こちらこそ、願ってもない。よろしく、クラピカ」
こうして二人は、道中共にすることとなったのだ。