相変わらず行動の読めない男だ。ため息を吐いて、独り取り残された女は周りの景色を見渡した。
盗賊団に囚われの身となっていた女を連れ出した道化の男は、見知らぬ町へやってくると「ここなら多分しばらくは大丈夫だから」と言い残し、自分だけ姿をくらましたのだった。
別に行動を共にしたいと思っていたわけではない。むしろ目立つあの男と離れられて好都合だとは思う。しかし、右も左もわからない、屋内に囚われていたせいで世間の情報にも疎い女を一人にするのは人間としてどうなのかと心の中で悪態を吐く。
幸い、治安は良さそうな町だ。去り際に、何やら羽振りよく袋いっぱいの金を渡されたので金銭的な心配もいらないだろう。恐らくは団員の中でも金の亡者であるシャルナークあたりのへそくりを盗ってきたものと思われる。捕まった後のことを想像したが、すぐにその考えは消えた。何故なら、捕まったが最後、結局は殺されることに変わりはないのだから。ならば、この金は有り難く使わせてもらおう。願わくば捕らえられる前に、全て使い切ってやるのが理想的だ。
早速近くの八百屋で果物を購入して、店員に情報提供を求める。ハンター試験の志願者だが、会場へ行くにはどうすれば良いのかと率直に尋ねれば、中年の女性は首を傾げながら「さあねぇ」と唸ったあと、こう続けた。
「ここを道なりに行けば、森に出る。森を抜けたところに別の町があるから、そこへ行ってごらん」
聞けばその場所には、決して大きくはないが、ハンターが集う酒場があるのだとか。もしかすると、何か情報を聞けるかも知れない。
「ありがとう、マダム。それじゃ行ってきます」
「あらいやだ。これも持っていきな」
サービスにもうひとつ果物を袋に入れてくれた女性に笑顔で再度感謝の意を告げて、示された方向へと歩き出した。
後ろにあった町が見えなくなって、周りの緑が深くなったころ。草が揺れ、飛び出してきた野うさぎなどとは違う敵意を感じた。
「誰?」
声をかければ、それらはぞろぞろと姿を現した。目つきの鋭くいやらしい笑みを浮かべた男が4人。
「お姉ちゃん。女の一人旅は危険だって聞いたことねェか?」
「金目のもの、置いて行きな」
ありきたりの台詞を聞きながら、深く溜息。正直金にそれほど執着は無いが、これからきっと入用になるに違いない。それに言われるがままに手放すのでは何だか面白くない。
「これは私が貰ったものだから、私が全部使ってやると決めたの。悪いけれど、一昨日出直してきてくれる?」
「この……!!」
それぞれの得物を振り上げた男たちに、短刀を抜いて応戦する。この程度の野党相手ならば、きっと負けはしないだろう。
「ちょこまかと逃げやがって、この女ッ」
「力任せに武器を振るだけなんてナンセンス。女だって戦えるよ」
襲い掛かってきた相手の勢いを利用して足を引っ掛ければ、男はいとも簡単に崩れ落ちた。体制を崩した男の背後に回り、首に腕を回して短刀を喉に突きつける。
長いこと檻の中での暮らしを強いられてはきたが、それでもこの程度の男たち相手に遅れをとるほど身体は鈍ってはいないようだ。それにしても、女の一人旅だなどと失礼極まりない。別に誰も好き好んで独りでいるわけではないのだ。しかし武術の心得はあったのが幸いと言えるだろう。初めて対峙した相手が運悪くA級首の盗賊団であったことで、その腕を発揮することもなかったのだけれど。
殺すことに躊躇いはない。冷酷非道な連中を見てきたからだろうか、自分もまるで人形にでもなってしまったかのように思えて滑稽だ。喉元にあてがった短刀を真横に引けば、きっと男はすぐに息の根を止める。しかし、それでもこいつらは殺すに値しないほど器が小さい。こんな連中の血で手を汚すのは、あまりに忍びない。
「命が欲しいなら去りなさい」
手を離した瞬間、膝をついた男を見下ろしながらそう吐き捨てるように言えば、男が小さく笑った、ような気がした。
「……ッ!!」
気配に気づいて振り返る。しかし遅く、眼前に迫っていた棍棒は肩を強く打ち付けた。頭への直撃は間一髪免れたが、衝撃に膝をついた女を見下ろして「形勢逆転だな」と男がいやらしく笑い声を上げる。
「もうひとり、いたの」
「気づくのが遅かったな、ねーちゃん」
「……」
地面に落ちた荷袋を担いで去ってゆく男の背中を睨みつけながら、女は苦々しげな表情を浮かべながら結んでいた唇をゆっくりと開いていく。
こんなやつら、力を使えば簡単に――
「女性を相手に数人がかりとは、情けないな」
「何だテメェ……!!」
彼女がその力を使う前に、凛とした少年の声が森の中でこだました。
「私には何の関係もないが、放ってはおけん」
美しい金糸の髪と、端正な顔立ち。腰に差した二本の刀を抜いて構えた少年は、目の前の野党をいとも簡単に蹴散らしてみせた。蜘蛛の子を散らしたように逃げていった男たちの背に溜息を吐きながら女は立ち上がり、手を差し伸べてくる少年へと礼を言う。
「大丈夫か?」
「……ありがとう。強いのね」
「これでも鍛えているからな。……しかし、奴らもハンター志願者とはな。あのような低俗な連中がハンターを目指しているとは……先が思いやられる」
「奴らもってことは、貴方も?」
「ああ」
それを聞いて安堵した女は、少年へと提案する。
「良かった。実は、私もなんだ。ねぇ、試験会場まで一緒に行かない?」
「……それは、断る。ああいう奴らは好かないが、貴女と馴れ合うつもりはない。無理に出場せず、諦めて帰った方がいいだろう」
奴らのやり方が気に食わないだけだと吐き捨てるように言いながら、少年もまた女から離れて去ってゆく。再び一人になった女は、ようやく静けさを取り戻した森で一人呟いた。
「仕方ないか……まあ、成るようになるよね」
どのみち帰る場所などないのだ。少年の言葉を思い返しながら、自然と足は同じ方へと向いていた。