Episode.02 訓練兵In女子部屋




     サシャは元気だ、と思いながらは疲れた身体を上半身だけ起こした。
     夕方の訓練終わり。久方ぶりに明日は休暇だと教官より言い渡された訓練兵たちは、それはもう狂喜した。その日のきつい訓練など吹き飛んでしまったかのように、問答無用でその日は夜更かしが決定した。そんなのは関係ない、と呟いてひとり布団を被ったミカサに、一人だけ寝るなんてダメですよ! とサシャがその布団を引っぺがした。正直、その瞬間に般若のような顔をしたミカサのことなど馬鹿なサシャは気づくわけもなく、ミカサもミカサで諦めるしかなかったのだけれど。教官からも見込まれるほど能力の高いミカサにとっては休暇など特別意味も無いことなのだが、彼女が心配しているのは偏に自分の半身のことである。特に能力が高いわけでもない、双子の妹であるの身体を心配して覗き見れば、はハンナの惚気話を興味津々に聞いていて、ミカサは呆れつつも付き合ってやることに決めたのだった。ハンナの言葉が途切れた頃、同じように恋愛話に興味津々だったミーナが身を乗り出してきた。

    「ねぇ、二人はエレンと幼馴染なんでしょ?」
    「……そうだけど」

     あと、アルミンも。と付け足すように書いたの手元を覗き込みながら、ミーナとハンナがきゃあ、と小さく声を上げた。

    「好きだったりするの!?」
    「も、もしかして、もう付き合ってるとか……!」

     そんなこと、ない。ミカサが静かに否定の言葉を口にすると、も頷きで同意した。それに、そんな恋愛などしている暇もなかったのだ。

    「私たちとエレンは家族……それ以上でも以下でもない」
    「じゃあ、アルミンとは?」

     そう尋ねたのは、密かに男子の中でカワイイと噂されるクリスタだった。後ろでおいおい、と呆れかえるユミルの姿が見える。

    「アルミンはただの幼馴染。私からみれば、だけれど……」

     そう言ってミカサはちらりとを見た。話を振られた方は当然驚いて、目を丸くする。瞬間、注目の的である。

    (なんてこと言うのミカサ……!!)

     ノートを抱きしめてそう思ったのも、誰にも伝わることは無い。「で、どうなんですか?」と尋ねるサシャの言葉に、とうとう観念したは、真っ赤な顔で静かに頷いた。先ほどとは違う、肯定の意味を込めて。

    「やっぱりそうなんだ! 素敵!」

     女子数名が、手を合わせてキラキラと輝かしい笑顔を見せた。ミカサだってエレンに対して家族以上の感情を持っているのに、自分だけ暴露させて……と睨みつけてみるが、当のミカサは知らん振りを続けた。全く、我関せずと言った様子だ。
     告白はしないの? そう尋ねた女子の一人へ、はふと真顔に戻る。告白など、考えたこともなかったからだ。

    (……だって)

     少し考えて、はペンを執った。皆の視線が注がれる中、綴られる文字に寝室はしんと静まり返る。

    『自分の口から、伝えられないから』

     こんな文字じゃなくって、云うときは自分の口でと決めていたにとって、声が戻らないのでは先へ進めないのと同じことであった。ただ興味本位で話に乗っかってしまった女子達は戸惑い謝罪の言葉を小さく述べたが、そんなことは気にもしていない。

    「……まぁ、心配は要らない」

     久しぶりにミカサが口を開いて、今度は皆がそちらを見る。ミカサは真顔で、を見つめた。

    「これで、エレンとアルミンに告白しようなんて思う連中はいないはずだから。死なない限り時間はある」

     "死なない限り"。それは、最も重要なことだということを、ミカサは気づいているのだろうか。肯、わかっていて言っているのだろう。この中で誰よりも強者であるミカサにとって、生き残るというのは当たり前のことなのだから。更に、彼女の言葉に対して全員が思ったのは「それ以前に告白なんかしねーよ」であった。ミカサがいる以上、誰もエレンに近づきたいと思うはずもない。というよりも、死に急ぎと言われるエレンや、座学以外能の無いアルミンの側にいることで、生き長らえる保障など限りなく低いというのに、わざわざ見てくれだけで告白などしないだろう。人生は長い方が良い。

    「ま、どうでもいい話はそれくらいにして……そろそろ寝ねーと、さすがに朝飯食いっぱぐれちまうぞ」
    「ええ!? それは大変です! 皆さんおやすみなさい!」

     ユミルの言葉に即座に反応したサシャは、挨拶を済ませると閃光の如く速さでベッドに潜った。その様子を笑いながら、他の女子たちも各々の寝床に入ってゆく。

    「、私達も寝よう」

     そう呟いたミカサに、声には出さずに頷いて、もベッドに入る。背中合わせで横になっているミカサの体温が布越しに伝わる。まだ眠ってはいないだろうが、この空気は毎日気まずい。早く眠ってしまいたいと思うのに、何故だろう、そういう日に限って寝付きが悪いのは。

    「……大丈夫、だと、思う」
    「?」

     背を向けたまま、ミカサが呟いた。何が、とも、どうして、とも尋ねることができず、身を捩ってはミカサの後頭部を見た。彼女は身動ぎ一つしないまま、もう一言だけ。

    「声が戻らなくても、私達は――つながっている」

     声の有無は関係ないのだと、ミカサは言った。それでも告白はまだできない。枕元のノートをなぞりながら、は眼を閉じた。

    (死なない限り、時間はある……か)

     だからこそ、まずは生き延びよう。
     ミカサの言葉を心の中で反復しながら、少女はそう決意したのだった。

    End





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