眠たげな瞼を擦りながら、アルミンは布団に入ることを許されなかった。
夕方の訓練終わり。久方ぶりに明日は休暇だと教官より言い渡された訓練兵たちは、それはもう狂喜した。その日のきつい訓練など吹き飛んでしまったかのように、問答無用でその日は夜更かしが決定した。元気だなあ、とひとり呟いて床に入ろうとしたアルミンの布団を引っぺがしたのは、幼馴染であるエレンだった。休みは休むものだ、と彼らに説いたところで意味などない。体力のないアルミンにとって、睡眠は唯一の休息であった。それを邪魔されて不機嫌になるのも無理はない。そのまま雑談会となった男子部屋で、フランツの惚気を聞きながら珍しくムスッとした表情のアルミンの隣で、悪かったよとエレンが苦笑する。しかし友達の少ないエレンやアルミンにとって、この空気は心地悪いものではない。アルミンの気持ちにようやく気づいて本当に申し訳なさそうな顔をし始めたエレンに、アルミンはふっと笑みを浮かべた。もういいよ、と。それに安心して笑い合うエレンとアルミンに、そういえば、とトーマスが身を乗り出してきた。
「二人は、あのアッカーマン姉妹と幼馴染なんだろう?」
「あ? ああ、そうだよ」
突然振られた話題に、エレンとアルミンはそうだけど、と不思議そうな表情で答えた。
「で? どっちがどっちと付き合ってるんだ?」
「はああ!?」
「ッ!?」
ガタン、驚きすぎたエレンは危うくベッドの上から滑り落ちるところだった。辺りを見回せば、全員が自分たちに集中しているのがわかった。フランツの話を聞いている人はもういない。
「な、んで、そんな話になるんだよ……あいつらはただの幼馴染だ」
「向こうはどう思ってるかわからないぞ?」
「いい加減にしろよ、トーマス」
じろりとトーマスを睨みつけたエレンだが、その頬は朱に染まっており全く説得力が感じられない。ニヤニヤとしたライナーが「アルミンはどうなんだ?」と横槍を入れる。ライナーに止めなよと声をかけるベルトルトだって、ちらちらとアルミンとエレンに視線を送っている。本気で止める気はないようだ。
「ぼ、僕も別に……」
「ミカサがエレンに執着しているのは誰もが知ってるけどよ、は、よくわからないよな」
ぼんやりと、コニーがそんなことを言う。彼は恋愛話には無関心といった様子で、ただこの場の雰囲気を楽しんでいるに過ぎなかった。
「……の考えていることは、僕たちにだってよくわからない」
彼女は口がきけないから。そういう意味合いを込めて呟くと、一度寝室がしんと静まり返る。でも、と一人の訓練兵がぼそっと呟いた。
「ミカサより、可愛いよなー」
「……まあ、確かに」
可愛げがある、というところでは、ミカサよりも女子力は上かもしれない。兵士としては平凡な彼女ではあるが、体格はクリスタよりも少し大きいくらいで普通サイズだ。少し気が弱くて笑顔が可愛らしくて、少しくらい喋れなくても――と、何故か品評会のような話になっている男達に、エレンは歯をむき出しにして怒った。
「おいっ、いい加減にしろよ! ミカサもも俺の家族だぞ! ……そんな目で見てんじゃねぇよ」
がるる、と唸り声が出そうなエレンの隣で、アルミンは考える。やはり、彼女ら姉妹は他人の目から見ても美人なのだと。ミカサは中身が中身なだけに近寄りがたい雰囲気はあるが、見た目が同じで可愛らしいに惹かれる男子は大勢いるだろう。
「ほら、アルミンも何とか言えよ!」
「えっ」
突然エレンに肩を叩かれ、アルミンは困惑する。何か言えと言われても、自分は単なる幼馴染であってエレンのように彼女らと特別な関係にあるわけではない。無論好意を持っていないといえば嘘にはなる。外の世界について語ったときから、一緒に夢を見てくれた少女のことがアルミンは好きだったから。しかし、今この場でそれを口にするには荷が重過ぎる。ぐるぐるとした思考の中、隣でエレンが小さく嘆息する。
「ま、ミカサに目をつけられても良いって言うんなら止めはしないけどな」
「!!」
ぞわり、と、先ほどまでが可愛いという話で盛り上がっていた彼らの口がぴたりと止まった。ミカサの存在は大きい。やっぱりダメだよなあとぼやく同期たちの様子を眺めながら、エレンはアルミンを横目で見た。アルミンがを好きなことも、がアルミンを好きなこともエレンは知っていた。だから、釘を刺しておかないと取られちまうぞ、という念を込めて彼をけしかけたのだがやはりアルミンには自分を主張するということは向いていない。
「まあ、騒ぐのはその辺にして、もうお開きにしようよ」
僕ももう眠たいし、とマルコが切り出す。それを聞いて、ジャンがそうだな、と呟くと同時にチラリとライナーの隣を見て笑った。
「ベルトルトはもうおねむみたいだしな」
そういう言葉も当の本人には届いていない。寝息は控えめではあるが、誰よりもでかい図体で大の字で寝こける姿は、中々にこみ上げてくるものがある。クツクツと押し殺した笑いから、次第に変わっていくベルトルトの寝相に部屋は大爆笑の渦に包まれる。ひとしきり笑った後は、もう先ほどまでの会話など誰も触れることはなく、思い思いベッドへと戻っていく。
「俺たちも寝ようぜー、アルミン」
「あ、うん……」
騒ぎ疲れたのか、布団に入るなりすぐに寝息を立て始めるエレン。他の連中も、消灯し布団に入った。その中でアルミンは、すっかり覚めてしまった頭に溜息を吐いた。
「まいったなぁ」
眠かったはずなのに、目はすっかり冴えて、待てども眠気はやってこない。いいだけ騒いで自分はすぐに眠るなんて、エレンは薄情だなあと冗談交じりに言いながら、アルミンはとりあえずベッドに身体を投げ出した。頭の後ろで手を組んで天井を見上げ、先ほどの話を思い出していた。
――どっちと付き合ってるんだ?
「……ッ!!」
トーマスの言葉を思い出し、跳ね起きる。起きている人がいないのが幸いだ。恐らく自分の顔は今、激しい運動をした時よりも真っ赤になっているだろうから。
「……本当に、参った」
ベッドの手摺にぐったりと身体を預ける。今夜はどうやら眠れそうにない。