Episode.03 The 調査兵団




     ぎりぎりぎり。爪が食い込むほど肩を掴まれて、流石に悲鳴を上げそうだった。
     痛い痛い、わかったからもう離して! そう叫んだところで声が届くことはないのだし更に今のミカサが止めてくれるとは思えなかった。
     ごめん、私が悪かった……のかなあ?

    「み、ミカサ……もう止めなよ。が可哀想だよ」

     久しぶりに見るミカサの鬼の形相に完全に萎縮していたに助け舟を出したのは、毎度の如くアルミンだった。けれどもミカサは怖い顔のまま「いいえ無理。は何も解っていない!」と更に力を入れて妹の肩を掴む。巨人のうなじを削ぐ前に、は自分の肩が大きく抉れてしまいそうだと心の中で悲鳴を上げた。

    「私はあのチビを絶対に許さない……も見たでしょう? あいつはっ! エレンを! あんなに傷つけて!」

     ミカサがエレンに執着しているのは今に始まったことではない。しかし、今回エレンを酷い目に遭わせたというリヴァイ兵長は、仮にも自分達の上司に当たるのだ。あの場合は仕方が無かっただろうし、彼の判断は正しいと思う。些かやりすぎではあったかもしれないが、エレンの命を脅かすつもりまでは無いだろう。だからこそエレンも、今のところ聞く限りでは大人しく従っているのだ。ただ単に、リヴァイ兵長が怖いだけなのかもしれないけれど。
     あの一件があってから、ことある毎に「あのチビ」を連呼するミカサに、アルミンもも流石に苦笑を浮かべるしかなかったのだが、しかしあの人は本当にミカサが言うように酷い人なのだろうかと考えて、

    『そんなに悪い人には見えないんだけど』

     ノートの端に小さくそう書けば、ミカサは思いのほか大きく反応したのだった。

     はあいつに騙されている。買収された? あいつに何をされたの。洗脳? 許さない許さない許さない。今度会ったら削ぐ。

     恐ろしい言葉の数々を聞きながら、もアルミンも悟った。これは――重症だ。



    「大丈夫?」

     あの後、騒ぎを聞きつけた先輩が仲裁に入ってくれて助かった。掴まれた肩をさすりながら廊下を歩くにアルミンが気遣って声をかける。

    「ミカサは本当に、エレンのこととなると周りが見えなくなるなあ」

     その通りだと、は小さく頷いた。それは、自分よりもエレンの方が大切なのだと言われているようで、何だかとても

    (寂しい、な……)

     そう感じてしまうのだった。

    「あっ、ぼ、僕もと同じ意見だから!」
    「?」

     ミカサに自分の気持ちが伝わらずにが沈んでいると思い焦ったアルミンは、そんなことを口にした。

    「兵長はきっと、エレンのためにやったんだって。エレンの無事を確認できれば、ミカサだって落ち着くと思うよ」

     そうあって欲しいと切に願う。エレンに対するミカサの執心は、にも何となく解る部分は確かにあるのだ。
     昔、アルミンの夢を笑い、異端だと馬鹿にした近所のいじめっ子達。自分には何の力もなかったけれど、悔しくて、殺意にも似たような感情が沸きあがるのを感じた。大好きな人が傷つけられるのを見るのは辛いし、悔しいし、嫌なものだ。ミカサは人一倍その感情が強いだけで、にその気持ちがないわけではない。何故なら、自分達の心は繋がっているのだから。

    「……」

     静かに頷いて、はアルミンに微笑んだ。ありがとう、大丈夫と。

    「あ、僕もう行かなくちゃ。コニーに今度の作戦について教える約束をしてるんだ」

     苦笑交じりにそう話すアルミンは、疲れてはいるものの頼られていると言うことへの安心感からか、別段不満は感じられなかった。それを聞いたは、アルミンの肩を軽く叩くと、自分を振り返った彼の前で、今度は自分を指差した。

    「も一緒に聞く?」

     嬉しそうにが頷くのを確認したアルミンは、

    「それじゃあ行こうか」

     優しい表情で告げるのだった。



     それから約半月後。

    「み、ミカサ落ち着いて……!」

     エレンの無事を確認したもののやはりリヴァイ兵長が許せなかったらしいミカサが、閉門前に姿を見せた兵士長に静かに斬りかかろうとするのを、必死に止めるアルミンとの姿があった。

    End





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