「一次捕獲は失敗したらしい……! 次の作戦に移行する!!」
二次作戦は至ってシンプルなものだ。エレンが巨人になって、主力部隊の第二班と協力して女型を捕獲する。ただそれだけのはずが、何だか様子がおかしい。
女型を追うミカサの姿が見えて、は自分の立体機動装置のベルトをきつく締め直した。戦いの場には行かなくてもいい。朝の打ち合わせ時でさえそんなことを言うエレン達三人の言葉に、は納得などしていないのだ。
戦わなくていい、はずなんてない。命を捨てることはしないけれど、命を賭して戦う覚悟は既に出来ているつもりだ。いつまでも弱いままなんて、嫌だ。
「……アッカーマン」
「……」
同じ第四班である先輩兵の一人が、険しい顔のに気がついて声をかける。彼女の声がないのは周知の事実であり、問いかけに対して返事がこないのも解っている。だが、思いつめた表情の彼女が何をしようとしているのかは聞かずとも明白だった。
「行くのか」
小さくだったがが頷いたのを確認した兵士は、そうかと呟いたきり何も言わなかった。もとより止める気はなかったのだろう。
作戦が失敗した以上、他の四班の兵士達も第三次作戦の準備にとりかかる手筈となっている。だが、はあえて陽動作戦――囮役になることを選んだのだ。
建物の屋根から飛び降りようとした際に、その屋根の下で声が聞こえた。
「……!!」
ジャン。息を切らして走ってきた彼は、立体機動装置をつけてはいなかった。予備の装置を手にが彼のもとへ向うと、ジャンはあからさまに顔を顰めた。
「お前も、行くのかよ」
先輩兵と同じような台詞に、つい苦笑しながらはやはり頷くのみだった。ジャンは「……ミカサに睨まれるな」と溜息混じりに呟いたかと思えば、
「さっさと行くぞ!」
そう口にした。
突然のことで一瞬事態が呑み込めなかっただったが、ジャンは構わずに続ける。
「ミカサは前線にいたが、アルミンとエレンの姿が見えねぇ。何かあったんだ。俺はあいつらを探しに行く」
同じ考えでいたらしいジャンに、は力強く頷く。このまま巨人の力がなければ、恐らく勝ち目はない。早くしなければ、ミカサが危ないのだ。
「……アルミン!!」
「ジャン! ……えっ、!?」
女型に破壊されたと思われる瓦礫の近くで、ジャンの声に振り返ったアルミンは予定になかったの登場に思わず目を見開いた。
どうして、などと聞かなくても彼女の顔を見ればよくわかる。の表情は、自分たちと同じ兵士のそれであった。
「何やってんだよ!」
「……この下に、エレンが!!」
アルミンが瓦礫の下を指す。そこには血まみれで伏しているエレンの姿があって、その瞳はうつろだった。ジャンとはその惨状に絶句し、愕然とした。
「は……? 作戦じゃ、巨人になるはずだっただろ!」
「できなかったんだ。多分、巨人の正体がアニだったことがブレーキになって……」
「……アニ?」
そこで二人は初めて女型の巨人の正体を知ったが、ある程度予測はしていたので驚きは少なかった。それどころか、やはりと、どこか安堵すらしていたのだ。
エレンの命がかかっていて、その相手がアニであったなら、ミカサが諦めるはずがない。
「とにかく、助け出さないと……ジャン、手を貸して――」
「できな、かった……? おい、ふざけんなよ」
アルミンの要請には応じず、ジャンはエレンに詰め寄った。しかし、立ち尽くしているさえも、今のジャンと同じ気持ちであった。
人類の命運が、かかっているのに。皆が、死ぬかもしれないのに。アニを止めるために、ミカサが最前線で戦っているのに。
エレンは巨人になれなくて、自分はそんなエレンに何の声もかけられなくて?
(それなのに、私がここにいて何の意味があるというの……)
「お前なんかに、自分の命を預けなきゃいけない見返りがこれかよ!? ……マルコは、マルコはなぁっ」
「……っ」
マルコ。
ジャンの口からその名前を聞いた瞬間、胸に熱いものが込み上げた。喉までせり上がってくる、想い。
「……せ、……い」
「……え?」
重々しく最初に放たれたそれは、到底人の声とは呼べないものだったけれど。確かに彼女は、声を出したのだ。爆風と轟音に阻まれて言葉の意味を明確に聞き取ることは出来なかったが、それでも懸命に何かを伝えようとしている。アルミンを含む全員が、初めての声を聞いたのだった。
「させ、ない゙……み、かさが……るのに、」
ミカサが戦っているのに。何もしないなんて、そんなのダメだ。
エレンは戦わないとダメだ。私じゃ何も、役に立てないから
「ミカサを見殺しにな゙んて、させない゙……っ!」
思い出してほしかった。何のために、戦っているのか。どうして最初に、巨人を憎いと思ったのか。それなのに、同期生であるという理由だけで巨人のアニをかばって、同じ同期生で家族でもあるミカサを、見捨てるというの? ミカサはあなたを、ずっと守ってきたのに。
「……っ」
「!」
は一人、剣を抜いて駆け出した。一人でも、ミカサを助けたい。彼女にとってミカサは、唯一の肉親で、かけがえのない半身なのだ。何よりも、大切なのだ。
が去った直後、女型の巨人が投げた瓦礫が飛んでくる。間一髪で二人は避けたが、一箇所に留まっているのは危険だった。まず、女型の動きを止めなければ多くの兵士が命を落としてしまう。の後を追って女型捕獲に向かったジャンの背中を見送って、アルミンはエレンに向き直る。
「……エレン。前に、ジャンに言ったことがあるんだ」
何も捨てられない人には、何も変えることは出来ない。化け物を凌ぐためには、人間性さえも捨てる。きっとアニはそれができる。
アルミンは、言い残して二人の後を追った。彼女の声が戻ったことに対する感動も余韻も、今も浸っている暇などはありはしない。
もう一度あの声を聞くために、絶対に女型は捕獲しなければならないと、そう思って。
「それが出来る者が、勝つ!」