陽が傾いてきた頃、訓練兵の召集がかかった。
待機中にジャン本人の口から調査兵団を志望すると聞いたコニーとサシャは、青褪めた顔で震えていた。
皆迷っている。本心ではこれ以上なく逃げ出したい気持ちであるのにも関わらず、人類のために自分ができることは何か。わかっているからこそ、怖いのだ。
集められた兵士達の前で、壇上で調査兵団の長であるエルヴィン・スミスは現在の調査兵団の惨状と観測を述べた。意訳して、ほとんどの兵士が死ぬと、そう言われたのだ。それでも、人類のために命を賭けることが出来る者のみ残れと告げた団長の瞳は何か別のものを見ようとしているような気がしていたが、それに気づいた者はほんの僅かしかいない。新兵たちは誰もが皆、自分のことで精一杯なのだ。
団長の演説が終わり、他の兵団所属希望者たちは踵を返し去っていく。その中にはアニの姿もあって、彼女は同期たちを一瞥もせず、真っ直ぐに歩いていった。
「……君たちは、死ねといわれたら死ねるのか?」
「死にたくありませんっ!」
上がった声は、一体誰のものだっただろうか。
エルヴィン団長は「そうか」と静かに呟いて、新兵たちの顔を眺めた。良い顔だ、と更に唇が開かれる。
「では今! ここにいる者を新たな調査兵団の兵士として迎え入れる! これが本物の敬礼だ! 心臓を捧げよ!!」
「……ハッ!!」
静かに、そして力強く風を切るだけの敬礼。その拳と瞳にもう迷いは無かった。
第百四期調査兵団は、総勢二十二名。そのほとんどが有望な上位の兵士であることは、一体誰の影響だろう。いいや、彼らは選んだのだ。最前線で戦う者達を見て、己のすべきことを見出したのである。
(……エレン。きっとあなたが居たからみんな、ここにいる)
アルミン、ミカサ、そして自身も。そして憲兵団に入ると誰もが疑わなかったジャンが調査兵に志願するなどと一体誰が思うだろう。更にはそのジャンの異変によって動きを止めた者が若干名。恐怖に耐えながらも見事な敬礼をして見せた。
アルミンは周りを見渡して、安堵か不安かわからない呼吸をした。
明日から早速、一月後の壁外遠征に向けての訓練が開始する。一足先に調査兵団の一員として行動しているエレンは、無事だろうか。
夜、布団の中で呻くようにエレンの名前を連呼するミカサに呆れつつ、自分はさっさと寝ようと思ったもまた、結局のところは眠れずにいた。
もぞもぞと身動ぎを繰り返した後、どちらともなくむくりと起き上がる。目を合わせ、小さく笑った。
「どこ行くの?」
『……外、に』
静かにベッドを降りて歩き出したに問いかける。声には出ないから、表を指さしたの意を読み取って、ミカサは「私も行く」と言った。
外の空気でも吸えば少しは気分転換になるのではないか。と、そう思ったのは何も彼女たちだけではなかった。
「あれ、ミカサに、も来たの?」
「おいおい、何だよ……これで全員集合か」
目が合うとアルミンは柔らかく微笑んだ。その隣で、ジャンが呆れたように言い放つ。見れば、ライナー、ベルトルト、クリスタ、そして半ば無理やり誘われたのであろうユミルと、サシャ、コニーまで揃っていた。
「みんな考えることは同じだね」
「しょうがねーな……ったく」
頭を掻きながらジャンが呟いた。それからメンバーをぐるりと見回して、「お前ら」と口を開く。
「本当に良いのか? 特に、。お前は、」
ジャンの言葉にはぴくりと肩を震わせて反応する。彼が何を言わんとしているのか、何を危惧しているのかわかっている。しかし、それでもには引けない理由があった。
小さく、だがしっかりと頷いて見せたに、ジャンはそうかと一言だけ発し、それ以上は何も言わなかった。
「全く馬鹿ばっかりで困ったもんだぜ。なあ、クリスタ?」
「……わ、私は、ちゃんと考えて……」
「あーはいはい。そうですか」
ユミルの小馬鹿にしたような発言にムッと唇を尖らせ反論するクリスタに、は自分を重ねた。
戦力には、ならないかもしれない。それでも、何かの役に立ちたくて選んだ道なのだ。ここで引くわけには、いかないだろう。
「とにかく、もう後には引けんだろう……気合を入れて臨まないとな」
「……ライナー」
不安そうに声を発したベルトルトに、ライナーは視線を送る。どうした、と尋ねられても、ベルトルトはその胸の内に抱える不安を打ち明けることはなかった。
一体この数週間の間に、どれだけの人間が命を落としただろう。無事だった人間など、いない。誰もが班員を、友人を、大切な人を失って、絶望に打ちひしがれた。目の前で仲間が食われてゆくのを見て次は自分かと悟る。友人の死を嘆く時間は与えられない。それでも、この場所に集ったのは戦うことを選んだ兵士である。
「俺はもう、覚悟を決めたぜ。こうなったらやってやる!」
「わ、私も……怖いですけど、諦めません。逃げたりもしません!」
意気込むサシャとコニーの瞳に、もう涙はない。暗闇しかない絶望的な未来に、一粒の光を無理やり見つけようとして。
はそれぞれの決意を聞きながら、己の拳を握った。自分のちっぽけな決意を、強大な力に否定されないように。
その中で、
「エレン……」
隣で姉が発した小さな声を、はっきりと聞いた。
「待っていて……今度こそ、私が守ってみせるから」
きっと、それだけが彼女の全てで、自分の全てなのだと。
そう、悟ったのだ。