リヴァイ班――リヴァイ兵士長を筆頭に選ばれた、特別作戦班の通称である。
メンバーの誰もが高い技量を持ち、躊躇うことはしない。きっと、そういった理由で巨人化少年の監視役に選ばれたのであろうということは、"彼"と同期である百四期生たちの耳にも入っていた。
「……」
「ミカサ、大丈夫?」
「問題ない……いつでも殺れる」
「いや、そうじゃなくてね」
安っぽい小麦の味しかしないパンのかけらを噛み千切りながら、ミカサが低く呟く。アルミンがそんな姉を宥める声を聞き、まるで狂犬のようだ、などと思いながらは自身のスープをすすった。美味くはないが、飲みなれているので特別不味いとも感じない。
昨日の審議から、エレンの安否が心配だとミカサはひたすら「あのチビ」を繰り返す。エレンの身体を何度も蹴りつけた調査兵団の兵士長が憎らしくてたまらないようだ。
(私にはあまり、悪い人には思えないんだけど……それを言ったらミカサはきっと、怒るんだろうな)
決して優しい人では無かったが、しかし優しいだけの人では人類を守ることは出来ない。容赦ないあの人だからこそ、人類最強と呼ばれるに相応しいのだろうとは考える。
淡々と食事を終え、明日に行われる所属決めについての同期生たちの会話へと耳を傾ける。大半が、駐屯兵団を志望している様子。それはそうだろう、と思う。上位十名のみしか入れない憲兵団のほか、危険度が少ない駐屯兵団に人員が偏るのは必至。調査兵団になりたいなんて心から思う人間は、いないだろう。
(そう思えば私たちは、奇特な人間って言えるんだろうか)
頭がおかしい。死に急ぎ? それとも正しいのか、間違っているのか。わからないから、ただ心の思うままに進んでみようと思う。
幼い頃から夢を見続ける大切なその人のため、彼だけを守るために自分の命を使うと決めたのだから。
「……なあ、知ってるか?」
食器を下げ終えたコニーが、アルミンやミカサの元へとやってくるなりそう口を開く。
「何を?」
アルミンが尋ねる。コニーは少しだけ眉を潜め、複雑そうな顔をした。その様子に疑問を抱く三人ではあったが、それは次の彼の発言ですぐに解消される。
「今回の作戦で捕らえたっていう巨人の話だよ」
「ああ……生体実験の被験体、だっけ」
待機を命ぜられた訓練兵に詳細は知らされない。だが、噂とは至る所から耳に入ってくるもので、兵士達の間ではその話で持ちきりだった。
アルミンの問いにああと頷いて、コニーが気まずそうに口を開く。
「なんか、さ……」
「?」
「ま、いいや。飯食ってるとこ邪魔したな」
彼にしては歯切れの悪い言葉に、アルミンとミカサは顔を見合わせた。一体なんだったのだろう、と。
「……」
踵を返したコニーの背中を見送って、すっかり空になった器を下げるために席を立つ。瞬間、椅子を引いた音を聞いて振り向いたアルミンと視線がぶつかる。一瞬だけ戸惑うような色をその瞳に浮かべたが、すぐに誤魔化すように笑みを浮かべて、ついでにとアルミンとミカサの食器も奪うように重ねて運んで行く。
少女の後姿を眺めながら、アルミンがミカサへと言葉を放った。
「やっぱり変だよ」
「ええ……は何かを、隠している」
「ミカサも何も聞いていないのか?」
「聞いてない。最近は、筆談もほとんど……」
「……そっか」
何かに悩んでいるのは明白なのに、その原因を打ち明けてくれないことに明らかな落胆を浮かべるミカサの肩を、アルミンは小さく叩いて慰めた。エレンがいないことと、の変化にミカサのストレスも大分溜まってきているようだ。
「きっと話してくれるよ。そのうちね」
「……うん」
二人は気づいていない。そのやり取りを見ていたの瞳が、悲しげに揺れているのを。
そうして巨人の生態実験が進められていた翌日。いよいよ本腰を入れての実験が始まろうとしたその瞬間に、事件は起こった。
捕らえていた二体の巨人が、忍び込んだ何者かによって殺害されていたのである。
「訓練兵、全員集合!!」
犯人は立体機動を使用して巨人を殺したのだと推測される。そのため、犯人を割り出すべく兵士達の記録調査が行われたのだった。
しかし、二体の巨人を即座に殺せるほどの技量の持ち主ならば、証拠を残すような失態をするだろうか。
立体機動装置を卓上に並べながら、はぼんやりとそんなことを考えていた。
「……巨人が憎くて仕方なかったんだろうな……」
「!」
前方から聞こえてきた話声に、は顔を上げた。
自分が整列する二列前。コニー、アルミン、アニと並んでいる。上官たちの詰問の声に邪魔されてところどころしか聞き取れないが、どうやら殺害された巨人について、犯人の気持ちもわかるとコニーは言っているようだ。確かに、憎き敵が目の前にいれば自制が利かなくなる場合もあるかも知れない。だが、今回の件に至っては人類にとって大打撃である。
(憎い、か……)
その感情が、どういったものかもよくわからない自分にとって、どうして犯人がそんな短気を起こしたのか理解できない。しかし、その瞬間ふと、昨日リヴァイ兵士長に言われた言葉を思い出した。
――大切な人間を食われでもすりゃ、変わるんじゃねぇのか。
それが実際に起こったとして、果たして本当に自分は変われるのだろうか。否、そうまでして知る必要はない。
「……僕は、死ぬ理由が理解できたら、そうしなきゃいけないときはあると思うよ。イヤだけどさ……」
調査兵団への所属を心に決めたアルミンが、アニとの会話でそう答えた。死ななきゃいけないなら、命を差し出すつもりだとはっきり口にしたアルミンに、は自分の思いを重ねた。何が同じで、彼と自分は何が違うのか。
今はまだわからないけれど、アニの言うとおり自分の心に従うならば、エレンやミカサ、アルミンの傍しかないと、は心のままに決断を下す。
夜の新兵勧誘式があるまで待機するようにと命が下されて、その場は解散となった。