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     黒髪の、少しばかり細身の十五メートル級の巨人。そいつがもう一体の巨人を踏み殺したことで、前例のない奇行種であると理解すると同時に、そんな巨人を利用することまで考えたアルミンは、やはりすごいなと素直には感心した。ミカサとコニーで巨人達を倒し、例の巨人を本部まで誘導する。しかしそれは、首席であるミカサと十番内のコニーがいるからこそ出来る作戦だ。は自分がアルミンを背負うと主張したが、さすがにそれはアルミン本人に丁重にお断りされてしまった。従って、コニーがアルミンを抱える形になる。小回りの利く機動が得意なコニーなら、同じように華奢で小柄なアルミン一人を抱えても巨人より早く動くことができるだろう。その代わり、はミカサと先陣を切って巨人に突っ込んでいかなければならなくなった。

    (できるかな、じゃない……やらなきゃダメだ。もっとしっかりしなきゃ)

     双方の刃を抜き、意を決して機動装置を動かした。は少し、ミカサより送れて飛び出す。首席と同様に戦えるなどとは思ってもいないし、エレンのように死に急いでもない。ただ生きるため必死に、戦うだけ。

    「、右!」
    「……っ!」

     ミカサの声に、咄嗟に左へ体重を傾ける。を食わんと大口をあけて右から迫っていた五メートル級の巨人をギリギリでかわし、背後に回りこんで立体機動のアンカーを首筋へ突き刺す。狙いを定め双剣でうなじを抉れば、その巨体は活動を停止した。削いだ肉は、ミカサよりはだいぶ浅い。これ以上の、例えば十メートル級の巨人とかならば、きっと致命傷にはならなかっただろう。恐らくは、ここまでが自分が倒せる範囲だ。

    (それでも十分よ……倒せる範囲で、片付けていこう)

     大型はミカサに任せれば良い。今のミカサなら、きっと簡単には負けたりはしないだろうから。

    「ミカサ、! 気をつけろよ!」

     アルミンを抱きかかえながらコニーが叫ぶ。自分の作戦で命を落としかねないという危険性もあってか、アルミンは声には出さず、祈るように瞳が揺れていた。

    「大丈夫。私はもう、諦めない」

     ミカサが振う剣は、とても美しい。生きることへの執着からだろうか。
     何体かの巨人を倒し、奇行種の巨人が着いてきていることを確認ながら進み、やがて本部が目の前に見えてきた。

    「よし、もう少しだ! 突っ切るぞ!!」
    「……っ」

     もう少し。もうあまりガスが残っていないのが、音からもわかるほどだ。それでも、目の前の本部目指して残りのガスを吹かし続けた。ミカサを筆頭にが、アルミンを抱えたコニーが、窓ガラスを叩き割って本部内へと進入する。同時に、本部の壁を壊して中へ押し入ろうとしていた二体の巨人を、奇行種が殴り倒していた。
     本部へとたどり着いた四人は、作戦が成功した奇跡にあまり実感がわかず、それでも安堵のため息を漏らす。アルミンのを受け取ったミカサのボンベにはまだ僅かにガスが残っているようだが、コニーとのボンベはもう空だった。突如目の前に現れた四人に、他の百四期生らと共に本部へたどり着いていたジャンが目を丸くしてミカサの名前を呼んだ。あの瞬間、彼は彼女が死んだと思っていただろう。まるで幽霊でも見ているかのように上から下まで視線を巡らせて、五体満足を確認してから「生きてるじゃねぇか!」と歓喜とも取れる声を上げた。

    (そう、私達は生きてる。……生かしたのは、この奇行種と、アルミンの作戦)

     ぼんやりとまだ信じられない気持ちが勝っているが、現実だ。まだ巨人がうじゃうじゃいるのに無邪気に喜んでいるコニーがアルミンの背を叩いた。

    「やったぞアルミン! お前の作戦は成功だ!」
    「い、痛っ!」

     怪我に障ったのか、それとも単にコニーの力が強かったのかは定かではないが、痛みを訴えるアルミンを無視してコニーは他の同期生達に希望の声をかける。

    「皆! あいつは巨人を殺しまくる奇行種だ! しかも、俺達には興味を示さない!」

     当たり前のことだが、ざわつく同期生たち。巨人と一緒に巨人と戦うのも、巨人に助けを乞うのも、とても信じられない話だ。そんな夢みたいな話、と誰もが思うだろう。現にジャンがそう口にした。

    「夢じゃない。奇行種でも何でもかまわない。ここであの巨人に、より長く暴れてもらう」

     夢みたいだけど夢じゃない。それが、現実的に自分達が生き残る、最善策なのだ。



    「あったぞ。憲兵団管轄の品だ」

     ジャンと数人が、本部の倉庫から散弾銃を運んできた。うなじしか弱点がないという巨人に対して、本当に銃などが役に立つだろうか。首を捻るジャンに、館内の図面と睨めっこをしていたアルミンが顔を上げる。無いよりはずっとマシだと。

    「補給室を占拠している三、四メートル級が七体のままなら、この程度の火力でも同時に視覚を奪うことは不可能じゃない」

     まずはリフトで中央の階段から大勢の人間を投下。それから七体の巨人の顔に向け、同時に発砲し視覚を奪う。動きが鈍った巨人の急所を、天井に身を隠していた七人が同時に仕留める。
     作戦を説明していたアルミンの声が、段々と尻すぼみに小さくなっていく。本当に自信がなさすぎるなあと、は横目でアルミンを見た。

    「全員の命を背を背負わせてしまうことになって……その、ごめん」
    「問題ないね」
    「誰がやっても失敗したら全員死ぬ。リスクは同じだ」

     ライナーとアニが気休め程度に言葉を発した。これ以上の案は出ない、とマルコもアルミンの意見を推す。もしも失敗したとしても、誰もアルミンを責めることはできない。乗っかるだけ乗っかって、自分では何の解決策も見出せないのに、失敗を誰かのせいにするなんて都合の良い話はないから。

    「大丈夫、自信を持って。アルミンには正解を導く力がある」
    「……え?」
    「私もエレンも、その力に命を救われた」

     ミカサの言葉に、アルミンは「いつ?」と首を傾げる。自覚がないだけ、と言ってミカサは配置についた。時間がないから、また後で話そうと。

    「……僕らも行こう、」

     小さく頷いて、は練習でしか使ったことのない鉄砲を担いだ。
     アルミンは自覚がない。誰よりも聡明で、誰よりも優しくて、本当は誰よりも力を秘めていること。自覚がないし、周りも知らないだけだ。いや、知らなくていい。彼のことを理解しているのは、自分とミカサ、エレンだけでも良いとは思っている。
     準備が完了したリフトへ乗り込んで、密着した身体に恋愛とは別の緊張が走る。マルコがごくりと生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえて、は逆に自分の鼓動が静かになるのを感じた。散弾を装填して、構える。下の階へと下がったリフトの周りには、情報通り七体の巨人。とりあえず、数が増えていないことに安堵する。大勢の人間が現れたことに巨人が気づき、大きな目玉が自分達を捉える。ヒッと、誰かが小さな悲鳴を上げるのを聞いて、マルコがそれをいさめる。

    「落ち着け!! ギリギリまでひきつけるんだ」

     じわり、じわりと巨人が迫り来る。立体機動も何も身につけていない状況で、鉄砲と刃に望みをかける。限りなく、小さな希望だ。もし失敗すれば、間違いなく死。目の前の巨人を見て、今更ながらに恐怖が巣食った。

    「……ッ」

     枯れた瞳に涙が浮かぶ。気持ちをそらすために不意に視線を上へ向ければ、天井で待機していたミカサと視線がかち合う。

    「!」

     大丈夫、落ち着いて。
     そう聞こえた気がして、は目を見開いた。目が合ったミカサが、震える自分を見て薄く微笑んだから。この状況でまだ笑っていられる強い姉に、は自分自身を奮い立たせた。

    (死の恐怖になんか負けないって、決めたばかりでしょう……自分の声で、想いを伝えるまでは諦めないって……決めたんだから)

     こんなにも傍にいて、だけど伝えられないもどかしさに絶望しながら、それでも諦めたくはない。ここを脱出できたら、もう少しだけ、他愛も無い話がしたい。それだけが今の望みで、生きる希望だ。
     走馬灯にも似た想いが、ぼんやりと湧き上がる。何も考えられない頭に、

    「撃てえぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

     マルコの合図だけが届いた。

    to be continued...





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