08




     シガンシナ陥落から数日後。大量の避難民たちは食糧確保のため、荒地の開拓へと回された。しかしそれでも食糧難が避けられることはなく、翌年の846年。中央政府はウォール・マリア奪還を名目に、大量の避難民を作戦に投入した。ウォール・マリア奪還という名の、口減らしである。その数二十五万人。人口の二割に相当したが、生存したのはわずか百数十名のみだった。そのおかげで、残された人々の食糧難はわずかながらに改善された。

    「……、っく」

     例の作戦にはアルミンの祖父も含まれた。彼はアルミンに被っていた帽子を託し、帰らぬ人となった。帽子を握り締めて声を押し殺して涙するアルミンに、三人は黙って見守るだけ。

    「全部、巨人のせいだ。あいつらさえ叩き潰せば、俺たちの居場所も取り戻せる……」

     エレンが呟く。全部巨人が悪い。それは、わかっている。それでもどうしようもないと大人たちは黙って従った。けれど、子供である自分たちには納得など出来ない。理不尽さに立ち向かうにはどうしたらいい。それは、対抗できるだけの力をつければいいという単純明快な答えだった。

    「アルミン。俺は来年、訓練兵に志願する」
    「!!」
    「巨人と戦う力をつける」

     エレンの言葉に、ミカサは「やっぱり」とでもいうように小さな溜息を吐く。少し考えたアルミンは、意を決したように口を開く。

    「僕も……」
    「アルミン?」
    「僕も!!」
    「……!」

     アルミンが訓練兵になると聞いて、が目を見開く。エレンはなんとなく予想していたけれど、まさかアルミンまでとは思わなかったのだ。

    「……私も行こう」
    「!?」

     今度はミカサが。は、今度はミカサを勢いよく振り返った。今までで一番、信じられないといった目だ。

    「ミカサ!? お前は良いんだぞ! 生きのびることが大事だって言ってたろ」
    「そう。だから、あなたを死なせないために行く」
    「……、!」

     エレンとミカサのやり取りを聞きながら、は自分の胸に問いかける。私は一体、どうしたいのかと。そして決意を固めて、固めたところで、

    「……わかった。三人で――痛!」
    「っ!!」

     エレンが自分のことなどすっかり忘れて「三人で」と納得してしまったことに腹を立て、後頭部を軽く叩いてやった。涙目で「なんだよ」と振り向いたエレンに、は自分がいることを胸をトンと叩いてアピールした。

    「ま、まさか……お前も行くって言ってんのか?」

     頷く。エレン、アルミン、そしてミカサまでも目を丸くしてを見つめる。特別秀でた能力もなく、それに加えて言葉を話せないというマイナスしかない少女が、兵士になれるとは思えない。食われて終わりだと、誰もが思うだろう。門前払いかもしれない。三人は声に出さないまでも同じくそう思ったのだが、

    「……」

     真剣な少女の眼差しに、何も言えなかった。やがては、足元に落ちていた石ころを拾い上げて、避難所の壁に向かって文字を綴り始めた。石で削られて、白い文字が壁に浮かび上がる。

    『わたしも行く。一緒にいく、死んでもはなれない。絶対に』
    「……」
    「しょーがねぇなぁ。どうなっても知らねぇぞ」

     呆れたように息を吐くエレンに、は満足そうに微笑んだ。



     ミカサとエレンは食料の配給を手にするために出て行った。残されたとアルミンは二人、外の空気を吸うために少し歩いていた。

    「本当に、行くの?」
    「……」

     こくん。肯定の意を頷きで伝えたは、地面の上に木の棒で先ほどと同様に文字を書く。

    『みんな、居ない場所に わたしの居場所はないの みんな居ないなら わたしは、死んだも同然』
    「……そっか」
    『それに』
    「ん?」
    『アルミンが行くなら わたしだって行けるはず』
    「ちょっと、それどういうこと!?」

     小馬鹿にされてむっとしたアルミンに、は笑ってみせる。嘘だよ、と。そうやって笑い合えるうちは、大丈夫だと信じていたい。

    「でも、危険な目に遭わせるのもイヤだけど……確かに、一人だけ別で暮らすのは避けたいな」
    「?」
    「どこに居たって危険なのは一緒だってことだよ」

     訓練兵になって、どこかの兵団に入って巨人と戦うのは危険極まりないことだが、それ以前に三人と離れて暮らすということは、自分を解ってくれる人が居ないということだ。自分のことで精一杯の人間たちの中で、彼女に救いの手を差し伸べてくれる人はいないだろう。駐屯兵団で幼い自分たちをよく知っているハンネス辺りは、気にかけてくれるかもしれないが。アルミンの言葉を理解して、はハッと気づいて顔を青くした。

    「もしかして、そこまで考えてなかった?」
    「……」

     頭を縦に振る。はただずっと一緒に居た三人と離れるのがイヤで、共に行きたいと言い出しただけだった。一人になるくらいなら、彼らの傍で、みんなの役に立って死にたいと、は考えたのだ。

    「問題は、訓練がそんなに甘くないってことだよね……僕も不安だけど」
    『なんとかなる』
    「本当、は楽天家だなぁ」

     そう言って笑うアルミンに、も笑みを浮かべる。大丈夫、僕らはまだ一人じゃないから。四人で力を合わせれば、きっとどんな困難でも乗り越えられるはず、と。そう信じて。

    「あ、居た。おーい、パン貰ってきたぜ」
    「エレン、ミカサ。ありがと」

     エレンとミカサからそれぞれパンを貰うとアルミン。先に死んだ人の分だけ、自分たちは幸を貰えるのだと思うと胸が痛む。だが、それも今だけだ。きっと、きっと、絶対、巨人に対抗する力を身につけてやるから。そうしたら、きっと世界は変わるって。そう思うから。

    to be continued...





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