誰もが好きで、望んで、こんな檻に閉じこもっているわけじゃない。出たいよ。本当は、今すぐにでもこんな檻なんか壊して外に出たいと思うのに。そう教えてくれた大好きな人が、私という存在が、目の前で否定される。私のかわりに殴られた頬が、赤みを帯びて腫れている。
アルミンは、目の前のいじめっ子たちをにらみつけた。彼らは、外に出る度にいつも私たちに意地悪をするし言う。私が一人で外に出られないのは、そういった理由もある。優しくない人たちが、私にひどいことをするから。
「……ッ」
「悔しかったら助けを呼んでみろよ!」
アルミンを押えつけながらいじめっ子の一人がそう私に向かって叫んだ。私の声が出ないことを知っていて、あえてそう言うのだ。本当は悔しくて、悲しいのに。怒ることも泣くことも私はできなかった。ただただ困って、オロオロするしかできない私を、彼らは鼻で笑い飛ばす。お前なんか何も出来やしないのだと。
「ミカサがいないお前らなんか怖くないんだよ!」
確かに、そうだ。ミカサはとても強い。同じ顔で同じ血が流れているはずなのに、どうしてこうも違うのだろう。彼女を妬む事はないけれど、羨ましく思うことは多々あった。男の子たちの言うとおり。けれど、私にも譲れないと思うことはある。苦痛に歪むアルミンの表情を見て、私はアルミンの上に馬乗りになっている少年の腕を掴んだ。
「……」
「な、なんだよ? ……あっち行け!!」
何も言わない、言えない私にイラついて、少年は口をへの字に曲げて私の肩を強く押した。バランスを崩して地面に尻餅をつく私に、解放されたアルミンが駆け寄った。
「! 大丈夫!?」
男の子たちはもういいやとどこかへ行ってしまった。結局、彼らはこの狭い檻の中で暇をつぶす材料を探しているに過ぎないのだ。ちっぽけな存在の中でも最下層にいる私とアルミン。だけどアルミンは私と違って自分の意志を曲げたりしない。言葉という力で、相手をねじ伏せることができる。暴力に頼らなくとも、彼はとても強いのだ。
私は家から出るときにカルラおばさんに持たされたノートにペンを走らせた。
『いたい?』
その一文だけを見て、アルミンは自分の頬を押さえながら「大丈夫」と笑った。冷やしたハンカチを彼の頬にそっと当てて、私はまたペンを握る。
『ごめんね』
「大丈夫だよ。あいつらが卑怯なんだ。……に怪我がなくてよかった」
そう安心したように微笑むアルミンの方がぼろぼろだ。もう一度、ごめんねと唇を動かしてアルミンの袖を握る。少しだけその手が震えて、怖くなった。
「僕が連れ出したんだから、に怪我させたらミカサに申し訳ないからね」
「……」
――ミカサは、関係ないよ。私は私がアルミンと一緒にいたくて、外に出たんだから。
言いたいけど言えなかった。かわりに、来たときとは反対に私がアルミンの手を引いて歩いた。
「? あの、何か怒ってる……?」
「!」
私の様子が変だと感じたのか、アルミンが不安げにたずねる。小さく首を振って応えた私を見て、アルミンは安心したように息を吐いた。立ち止まり、ぼそぼそと呟く。
「僕も……謝らなきゃ」
「……?」
「僕に力がないから、まで傷つけて……エレンやミカサがいないから、僕が守らなきゃいけないのに――」
アルミンは、自分が男の子だから……そういう責任感があるのだろうか。別に気にしていない、などと言ったところで慰めにはならないし、どう返すのが適切なのだろうか。わからないまま無言になった私に気づいてか気づかないままか、アルミンは私の手を引きなおして、先導しながら続けた。
「情けないよね、ほんとに。怖い思いさせてごめん」
「……、」
――アルミン。
「……え?」
声をかける代わりに、アルミンの服の袖を軽く二回、引っ張った。私の呼びかけに気づいたアルミンは、足を進めながら振り返る。私は足を動かしながら同時に手も動かして、綴った文章をアルミンに見せた。
『アルミンは、アルミン。やさしいアルミンが、わたしはすき』
「! ……」
拙い言葉で一生懸命に伝えたつもり。アルミンは一瞬目を見開いて、次に泣きそうな顔をして、笑った。
「ありがとう」
エレンやミカサにこんなこと言われても、きっと素直に受け入れたりは出来ないと思うから。私たちは似て非なる存在だから、互いに受け入れられるし解り合えるのだと思う。無論、エレンやミカサとも解り合うことは出来る。この町の中で唯一の友達、家族だから。それでも、彼らは肉体も心も私たちより強いから。だからアルミンは、自分を比べてしまうんだろう。関係ないよと、どれだけ伝えても。
『帰ろう』
普段あまり出かけない分、長い時間外に出るのは難しい。アルミンもそんなに体力はないから疲れているだろう。私の言葉に頷いて、もと来た道を辿る。エレン、今日の牧はたくさん拾えただろうか。
「おかえり! ……って、アルミン!? どうしたんだよ、ボロボロじゃないか!」
「や、やぁエレン。そんな大げさに騒ぐほどじゃないよ」
家に入るや否や、エレンが飛び出してきた。理由は明白だ。私が居ないと、夕飯にありつけないからだ。わかりやすいエレンの行動にはため息が出る。しかし玄関で迎えてくれたエレンは、私の隣にいるアルミンを見て驚いた。腫れはひいたけれど、まだ頬は痛そうだから当然だ。あいつら、と握り拳を作るエレンに「変なこと考えなくていいから」と念押しして、アルミンは私に笑顔を向けた。
「じゃあね、。また……」
「えっ、もう帰っちゃうのかよ!?」
「あら。せっかく来たんだから、ご飯食べていったらいいじゃない」
居間から玄関に顔を覗かせたおばさんがそうアルミンを誘ったけれど、アルミンは「いえ、そんな、いいですっ」なんて慌てて手を振った。
「家でおじいちゃんが待ってるし……それに、汚れちゃうから」
「!」
申し訳なさそうに俯いたアルミン。前者はわかるけど、後者は……私も申し訳なくなってしまう。だけど私は知っている。アルミンが欲している言葉が何なのか。きっとエレン以上に、私のほうがアルミンのことをわかってあげられる。そう思っているから。
開いたノートを差し出して、それを見るために少しだけ顔を上げたアルミンは、そこに書かれた文字を見て弾かれた様に顔を上げた。
『また連れてってね』
アルミンは必要なくなんかない。少なくとも、ミカサやエレン、何より私にとって、アルミンはなくてはならない存在だから。
『今日、楽しかった』
その思い全てが伝わるのはまだまだ先のことだろうけれど、今はひとつだけ云えればいいと思う。
「……うん、僕もだよ」
アルミンに元気が戻ったから、今日のところはよしとする。