「やっとですか」
「やっとだね」
「一安心ってトコロですかね」
「まあ、とりあえずはね」
二人で顔を見合わせて、嘆息、そして苦笑する。
部室に残っていた私と幸村君の携帯に届いたのは、柳君からの報告メールだった。メールの内容は、丸井君の想いが無事に彼女に届いたと言うこと、そして、きっと大会のコンディションは大丈夫だろうということだ。
今までの彼の葛藤は一体何だったのだろうと頭を抱えるほど、結末は呆気ない。何故なら、第三者から見ても二人は両想いだったのだから。その思いは幸村君も同じようで、「全く、しょうがないなあ」と言いながら彼は着替えを再開した。
「明日丸井を問い詰めてみようか。ふふ、明日が楽しみだなあ」
「……ほどほどにしてあげてください」
一応は紳士として丸井君のことを気遣いつつ、しかし自分も興味は幸村君と同じくらいにはあったので、「柳生、顔と台詞が合っていないよ」と言われてしまった。
翌日のこと。朝練中に幸村君が丸井君へと室町さんのことについて尋ねると、彼は慌てふためいて「な、何で知ってんだよぃ」と逆に質問をしてきた。気付かれて無いとでも思っていたのだろうか。更に幸村君の「真田以外のレギュラーは全員が知ってるよ」という言葉に、丸井君は赤いような青いような何ともいえない面白い顔をして、言葉を失くしていた。散々からかって満足したのか、幸村君はとても良い笑顔でまた放課後に、と言って教室へと向かった。それを合図に、私達もそれぞれ部室を出て行く。しばらく呆然と立ち尽くしていた丸井君は、一番最後に肩を落としながら同じクラスの仁王君に続いた。
そして、放課後。
「よっし、やるぜー!」
朝のことが嘘のようにやる気に満ち溢れた丸井君に、どうしたんですか、と素直に疑問を投げかける。しかしそんな私の質問など聞こえていない様子でラケットを振り回す丸井君の背中を見つめてから相方の桑原君を振り返れば彼は首を振り、反対に同じクラスの仁王君を見ると今度は首を竦めてみせた。どうやら仁王君は丸井君のやる気の理由が解っているらしい。
「室町が練習見にくるって言っていたぜよ」
「……なるほど、そういうことですか」
現金ですねという呟きも、今の丸井君には全く届いていないようだ。今日の丸井君は、真田君も驚くほどのやる気に満ち溢れていて、ミスも少なかった。本当に、恋の力は偉大だと感じる。相変わらず切原君は室町さんの姿を見つけて大声でその名を呼んで周囲の注目を集めるし、それを真田君に叱られて凹んでいる。丸井君こそ裏目に出そうなものだと思ったけれど、彼は自称天才で、それを安易に否定できないくらいには上手いので、一度集中すれば切原君のようにギャラリーに振り回されるなんてこともないのだろう。黄色い歓声を上げる女生徒達とは違って静かに丸井君を視線だけで追う室町さんは、確かに一途で素敵な女性だと思われた。
「お疲れ様。えっと、あの、これ差し入れ」
部活が終わり、部室で休んでいると控えめにドアが叩かれる。開ければ室町さんが立っていて、コンビニのレジ袋を差し出された。その中には、スポーツドリンクやお菓子類が入っていて、丸井君と切原君は目を輝かせた。消費期限のある生菓子ではなく、日持ちのするものである点もポイントが高い。一応部長である幸村君が礼とともに袋を受け取って、どうぞと彼女を部室内に招いたが、室町さんは控えめにそれを断った。休んでいるところ、悪いからと。
「別に気にしなくていいっすよ! ね、丸井先輩!」
「あー……っつか、なんでお前がそんなに嬉しそうなんだよぃ」
ジト目で切原君を見る丸井君。その明らかな嫉妬がおかしくて、丸井君に気付かれないように口元を覆った。
「本当に大丈夫だから。あの……終わるの、外で待っていて良いかな?」
「けど、これからミーティングだぜ」
「大丈夫。……迷惑、かな」
「そ、そんなことねぇけど……!」
室町さんも丸井君も周りのことなど見えていないようで、二人の世界を作り上げる。一応、私達もいるのですが。
「私が一緒に帰りたいだけだから」
「……お、おう」
丸井、もう帰っていいよ。
呆れながら、幸村君がそんな冗談を言った。