「お前の大胆さに脱帽する」
「……」
「青八木のこといろいろわかってたつもりだったんだけどなあ。恋愛に対してここまで不器用だとは思わなかった」
俺だって、自分のことをここまで制御出来ないとは、驚きを隠せない。
「嫌われた、と思う」
「あー……うーん」
いつもはフォローしてくれる純太も、今回ばかりは解決策が見つからないと言った様子。それはそうだろう。弱った彼女に突然キスして逃げられたなんて、嫌ってくれと言っているようなものじゃないか。はあれ以来、俺とは目も合わせない。同じ教室で、気まずくて死にそうだった。
「はっきり嫌いって言われたわけじゃないんだろ? まだわからないって」
「けど、泣いてた」
そう、泣いていたのだ、彼女は。俺の気持ちに気づいてなのか、別の理由があるのかはわからない。それでも、嫌われたと思うのには充分すぎる理由だった。
「……はあ」
潔く、諦めよう。俺にはやらなければならないことがあるのだから、こんなことで悩んでいる暇などないのだ。
「大丈夫だ、純太。心配は要らない」
きっと俺との仲を修復する方法を必死に考えてくれているだろう純太に待ったをかける。もういい、俺の青春は最初から自転車と共にあった。
「来年のことを考えよう」
今までだって何度も経験してきたことだ。気になっていた女の子に、声もかけられず卒業を迎えた。中学の時だって。高校生になってもそこは変わらない。いや、行動に移せただけ進歩はしていると思うべきだろうか。何にせよ、また、ダメだったのだ。
「青八木、回しすぎだ」
純太の声が遠い。全力でペダルを回して、必死に忘れようと思っていた。その時点で決して忘れられないだろうと言うことは、心の奥では理解していたのに。
部室に戻り、タオルを頭から深く被る。鳴子や小野田も、今日は口数が少ない。俺が部の空気を悪くしてしまっているせいだろう。
「青八木、いるか?」
「……? 田所さん」
引退した田所さんはちょくちょく部室に顔を出してくれるが、名指しで訪ねてくるのは珍しい。いつものようにニッと歯を見せて笑いながら、お前に客だぜ、と言う。俺に客? 少しだけ頭を上げれば、大きな田所さんの影からおずおずと姿を現したのは、現在俺の思考を占領している人物だった。
「あ、の……ごめんなさい、部活中に」
「……」
何故、がここに? 頭が追いつかない。ただ、ここでトドメを刺されるのは勘弁願いたい。部室が嫌いになりそうだ。
「場所を変えよう」
話にくそうにしているから、ついそういう風に言ってしまった。二人きりになって、どうするんだ。相変わらず考えなしな自分に呆れてしまう。
この間と同じ校舎の裏に移動して、の言葉を待つ。罵倒されても仕方ないと思ったが、彼女の綺麗な声で罵られたら立ち直れる気がしなかった。
「あのね」
「……ああ」
視線が泳ぐ。真っ直ぐにの方を見れなくて、ちらりと視界の端に映ったも俺の方を見てはいなかった。
「ご、ごめんなさい」
「……え」
意を決して口を開いたが発したのは、思いもよらない謝罪の言葉。それが何に対してなのか、全くわからなかった。
「この間、逃げだしちゃって、ごめんなさい。その、びっくりして……怒った、よね」
「……何故?」
あんなことした俺に被害者であるが、俺が怒っていると思って謝罪を口にする。そんなおかしなことがあるだろうか。
「が謝る理由はひとつもない。俺が、全部悪い」
「だって私、返事もしないで」
「……?」
返事って、何の。
彼女の発言のひとつひとつが理解できず、困惑する。がそんな俺の反応を不思議そうに見て、それから何かに気づいたようにハッとして顔を真っ赤に染めた。
「ご、ごめんなさい! 私勘違いしてたのね……な、何でもないの」
「勘違い……」
恥ずかしい、と言いながらが顔を隠して、置いてけぼりな俺は問うてしまう。一体どういうことなのか、と。
何とか聞こえるくらいの小さな声で、が言った。
「…………告白、されたんだと……思って」
無意識だったのかも知れない。あの時俺は半分は夢の中にいて、自分が何をしたのかも、何を言ったのかも、今の今まで忘れていた。
『好きだ』
触れ合う直前に、そう口にしていた。気のせいのような、地に足がついていないような状態で。
「ごめんね」
彼女の最初のごめんの意味は、突然泣き出したことに対しての謝罪。
その次は、逃げだしてごめん。
そして今、間違えてごめんと言った。
告白だと捉えてごめんなさい、と。
「ま、間違いじゃ……勘違いじゃ、ない!」
好きなんだ。自制できないほど、どうしようもなく焦がれている。
「怒っているんだと、思った」
「え?」
「俺、最低なことをしたから……」
同意も得ずに不意打ちでキスをして、避けられて勝手にショックを受けて。嫌われて当然のことをしたのに。
「あの時は……驚いて逃げてしまったけど、私、嫌じゃなかったの」
嫌じゃなかった。唇に触れながら伏せ目がちに言う彼女が艶めいて見えて、ひどく扇情的で。
「だから」
「ま、待ってくれ」
意外とはっきり言うんだな、と考えながらも、それでは男の立場がない。それを彼女に言わせてはいけないと焦りを覚えた。いくら俺が無口であまり喋らないからと言って、そのままでいい場面ではないのだ。
「やり直しさせて欲しい」
「……」
が小さく頷くのを確認して、俺はずっと考えていた台詞を頭の台本から探した。
「が好きだ。1年の夏に、中庭で見かけてからずっと。……俺と付き合って欲しい」
もっと、たくさん、伝えたいことはあったけれど。今の俺にはこれが精一杯で。目尻に涙を浮かべたが「そんなに前から!?」と驚いて笑った。ありがとう、好きでいてくれて。これから、よろしくお願いします。そう言って手を差し出されたけれど、高揚しきった俺はついついその手を無視しての小さな身体を抱きしめた。
「青八木君は意外と大胆よね」
腕の中でが笑い、そっと背中に腕を回して応えてくれた。
明日からの練習も、頑張れそうだ。