Story

    お礼は君の愛でいいよ−後編−




    ※ これの続き。


     昼休み、青八木と飯を食いながら部の今後について話し合うのがいつもの流れだった。それが、いつの間にこんな風になったんだろう。

    「純太、俺はどうしたら良いんだ……」

     飯は一緒に食う。それは変わらないが、青八木の口から自転車や部活という言葉は出てこない。代わりに、という女生徒の名前が飛び出すようになって、俺は律儀にもその親友の恋愛相談に乗ってやっているわけだ。お前、インターハイ前にそりゃないだろう。まだ時期的に余裕があるとはいえ、俺達は去年も選外で、そんな俺達二人が総北を二連覇に導かなければならないのに。なんだってまあ。

    「……次のオフにデートに誘ってみればいんじゃね?」

     心の中で突っ込みと文句と諦めの混じった溜め息を吐きつつ、俺は提案する。まあ、失恋や片恋を引きずったままレースに臨むことになるなら、いっそくっつけてしまった方がいい。その方が青八木も気合い入るだろうし、きっとそれがいい。三年になってイメチェンして格好良くなったとか言われても青八木は青八木で、好きな子をデートにも誘えないヘタレで奥手な俺の相棒。ここは俺が、一肌脱いでやるしかない。

    「俺さ、さんって名前と顔しかわからないんだ」

     どんな子?
     俺が尋ねると、そこで初めて青八木は顔を上げて俺を見た。嬉しそうに瞳を輝かせて、多分俺にしかわからない表情の変化だけれど、その証拠に、途端に饒舌になる。

    「一見普通なんだけど、笑うと可愛いんだ。性格は割と控えめで腰が低くて、少し小野田に似てるかも……。最初俺にパンをくれたときとか、悪いの俺なのに謝ってたし、あと一緒に学食行ったときも周りの目をすごい気にしていた。箸が上手く持てないらしい。授業中たまに机に落書きしてるのも可愛い」
    「どんだけ惚れてんだよ」

     その言葉の一割でも普段から出していけよと突っ込みつつ、まあ青八木が彼女の好きなところがわかった。

    「じゃあ食事はNGだな。映画とか買い物は? チケット余ったとか、家族への誕生日プレゼント選ぶの付き合ってほしいとか。ありきたりだけどこの辺が無難だろ」
    「!! すごいな、さすが純太だ」
    「いや、こんなことで褒められてもな……」

     すごいと言われるのはまあ悪い気はしないが、それよりもお前ちゃんと誘えよ? 釘を刺すのも忘れない。相手が小野田みたいなタイプなら、きっとお礼とかされるのは気が引けるんだろう。それなら、協力してほしい、助けてほしいというニュアンスで誘えばきっと相手も断りにくいんじゃないかと思う。まあ小野田の場合はアニメ関係なら食いついてくるだろうけど。青八木もまだという人間をよく知らないのでは、予想して話を進めるしかないのだ。

    「……俺が、誘えるかな」

     俺の考えに賛同しておきながら、まだ唸っている悩める子羊。確かに、青八木らしい誘い方でないと不信感を持たれてしまう。不自然じゃなくて、さんが行きやすい場所、とは。

    「……これだ、青八木」
    「?」

     デートの口実は、誘い方は俺が全部教えてやるから、あとはお前がちゃんと頑張れ。



     恋愛相談をした次の日。教室に人がいない放課後の時間を利用して、声をかける。部活は自主練しておけと言って今泉に鍵を託した。許せ、断じてサボりではない。青八木の今後のポテンシャルとモチベーションとメンタルに関わる重要な出来事だ。俺はそんな青八木をサポートしているのであって、出歯亀では決して無い。

    「」
    「なあに、青八木くん」
    「えっと、頼みが、ある……んだが」

     しどろもどろで目が泳ぐ青八木に、俺はドアの影から突っ込む。昨日ちゃんと練習しただろ!

    「私に出来ること? 話は聞くよ」

     一緒に食事した日から、少し距離が縮まったのは確かなようだ。さんの返しもスムーズだし、何より青八木を可愛いと言ったというのだから彼女も割と満更では無いのだろう。後は青八木がどうアプローチして、そういう雰囲気に持ち込むかだ。暴走すんなよ青八木。ペース配分間違えんな。ロードレースも恋愛も、最初から最後まで気は抜けないんだ。

    「これ、に、一緒に行ってほしい」
    「え、これ……」

     青八木が机の上に置いた雑誌の切り抜きを覗き込んで、さんは目を丸くする。それは俺が昨日たまたま読んでいた料理雑誌の広告に載っていた、カップル限定のケーキバイキングの店。

    「俺、身近に女子の知り合いはあまりいないし……部のマネージャーには甘いの嫌いって言われて。頼めるの、しかいない」
    「……」

     もちろん全部嘘だ。マネージャーは甘いの大好きだし、そもそも声なんかかけてない。ちなみに青八木は食べるのは大好きだが別にケーキバイキングでなくても良かった。そこは、さんを考慮した俺を褒めてほしい。ケーキなら、箸使わないだろ。

    「……うん、いいよ。私で本当にいいのかな?」
    「! すごい、助かる」
    「あはは、そんなに行きたかったんだ? 青八木くんはお肉とかがっつり系なイメージだったな。でも、そういえば野菜もたくさん食べるよね?」
    「……食べることは、好きだ」

     普通に会話しているように思えるが、青八木の顔を見ればわかる。行きたかったのはさんとだし、食べることより好きなのはさんだ。

    「……じゃあ、日曜日、二時で」
    「うん、わかった!」

     いきなり一日フルでデートなんて荷が重いしあからさまだから、昼過ぎにしとけ。おやつの時間って本当に太りにくい時間帯らしいぞ。

     そんな俺の助言通りに青八木がさんを誘えたことに安堵する。まあここからは青八木次第だと思って、青八木が教室から出てくるのを待ったが、

    「ねぇ、青八木くん」
    「?」

     背を向ける青八木をさんが呼び止めた。

    「これって、デートだよね?」
    「!?」

     違うの? と、恥ずかしそうにはにかみながら問いかけるさんだが、予定外の出来事に青八木が狼狽する。ドア越しにあいつと目があって、俺は咄嗟に逸らす。どうしよう、純太。そんな風に助けを求められても、俺だって想定外すぎてわかんねーよ。ただ言えることは、

    「私、少し自惚れてもいいのかなぁ」

     彼女の方が一枚上手で、きっと青八木の下心なんてバレバレで、それから

    「日曜日、楽しみにしてるね」

     俺の相棒が幸せになれる確証だけ。

    End.





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