01




     殺しの依頼を受けて、暗殺者であるイルミ・ゾルディックは隣の国までやって来ていた。殺すのは街外れにある屋敷に住む、人買いの男。財産のほとんどを奴隷や生娘を買うために使ってしまったこと、そして妻や実の子に見向きもしなくなったと、妻からの依頼である。
     一人、地下の奴隷たちと暮らす男の暗殺。とても簡単な仕事だったが、イルミは手を抜いたりはしなかった。

    「針、使うまでもなかったかな」

     念能力を使わずとも、ただ手刀で首を切り落としてしまえばそれでも良いのだ。父のようにはいかないが、それなりに綺麗に落とせる自信はあった。しかし、多少なりとも潔癖の気があるイルミにとって、見ず知らずの男に触れるのは気持ちのいいものではないので、まあこれで良いのかと一人納得する。

    「……あれ?」

     男の死体を見下ろしながら、イルミは人の気配に半開きになった扉を見た。この家には地下牢につながれた奴隷で溢れているから、気配がするのは当たり前だと思った。しかしとても希薄なその気配に、イルミですら近くに来るまで気付けずにいたのだ。
     四つの瞳が、イルミと死体をじっと見つめていた。低い位置にある大きく開かれたそれは、子供のものだった。見られた以上は殺すか。だが、別にイルミは快楽殺人鬼というわけではない。これはビジネスで、仕事に不要な殺しはなるべくしたくはないのが本音である。邪魔者や利用するために人を殺すことは確かにあったが、それらはイルミの邪魔をしたわけではない。ただ、見ていただけだ。仮に他の大人に話されたとしても、すぐにイルミはこの場所から離れる。普通の警察などに、ゾルディック家が捕らえられるわけもない。
     どうしたものかと無表情なままのイルミがやや逡巡していると、錆付いた蝶番がギィと音を立てた。小さな手に押され扉が開く。

    「……」
    「……」

     それは、二人の幼い少女だった。
     一瞬、この家に買われた奴隷かとも思ったが、彼女達の手足に枷は無い。家主の娘だろうか? いや、似ていないし、そもそも男に娘はいない。

    「キミたち、何?」

     率直に、疑問を口にする。しかし語彙の少ないイルミの言葉が、少女達に正しく伝わることはなかった。

    「」
    「」
    「別に名前は聞いてないんだけど」

     瓜二つな顔立ちの少女。双子か、初めて見るなどと珍しく関心を示したイルミに、二人の少女はイルミ越しに奥に座ったまま死に絶えている男を見た。

    「この人に買われたの」
    「明日からここに住むの」

     そう言われた。そう決められた。代わる代わるに口にする少女達に、イルミの整った眉が潜められた。無表情が常のイルミですら、目の前の幼子の存在が理解できなかったのだ。

    「じゃあ、この男はキミ達の親代わりってことか。殺した俺を恨む?」
    「どうでもいいの」
    「関係ないの」

     親にも愛されず人身売買などに出された娘たちに、今日買われたばかりの男を親だと思えというほうがおかしい。そんな感情など最初から持っていないだろう。しかし、人の死を目の前にして、恐怖を抱かない子供というのはいかがなものだろうか。子供らしくない、と暗殺者として生まれ幼少期よりそのような感情など微塵も持ち合わせていないイルミは、自分のことを棚に上げて思うのだった。

    「その針、なに?」
    「死んでるの、どうして?」

     その眼差しの持つ意味は、それは紛いなく興味だった。
     尚も暗殺者であるイルミに対して臆することなく疑問を投げかけてくるその少女達に、イルミの興味も沸いてくる。面白い。何故、そのようなことを思ったのかはイルミ自身にだってわからない。

    「教えてあげようか」
    「うん、知りたい」
    「うん、教えて」

     帰りは面倒だったので、執事が迎えに来る。ハンターとなれば飛行船などいつでも予約が取れるが、生憎イルミは未だハンター資格を取ってはいない。更に私有船はちょうど父親が使用していて動かせない。そのため、車で麓の街まで迎えに来ているはずだった。
     待ち合わせ場所にやって来たイルミを見て、迎えにやって来た執事達は驚いて目を見開いた。正しくは、イルミが連れてきた二人の少女を見て、だったが。

    「い、イルミ様……この子供達は?」
    「戦利品、かな……」
    「は?」

     自分達の主に幼女趣味があったとは思いたくない。しかし尚もあっけらかんと「この子達、連れて帰るから」と言い放つイルミに、執事達は心の中で大きく溜息を吐いた。だからいつも見合い話を断っておられるのか、と。そんなことを思われているなどとは露知らず、イルミは車中でも少女たちから目を話さず、その一挙一動を目に焼き付けていた。興味の対象として。

    to be continued...





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