クラピカは悔しさに唇を噛み締める。何故、その可能性に気づかなかったのかと。
「……奴らの仲間に、そういう能力者がいるらしい」
ギリギリと拳を握ると掌に爪がくい込む。しかし当の本人はそんなこと意にも介さない。ただこれでは、彼女、リジィの解放は絶望的である。
「……どうする?」
仲間達の視線の中、クラピカは諦めを孕んだため息を吐いた。彼らの目が、心なしか輝いているように見えて。
「雨……」
次第に激しくなる雨足に、髪も衣類もずぶ濡れだ。強制絶の今の状態では、能力で天候を変えることは出来ない。他人のオーラも感じ取れず、ただ闇雲に歩き回るだけ。
ふと、あるホテルが目に入って立ち止まる。
やがて、
「……!」
「リジィ――!!」
頭上から、大好きな声が降る。
「リジィ……!?」
その気配にいち早く気づいたのは、ゴンだった。彼曰く、匂いがする、らしい。
「リジィだ! この下、外にリジィがいるよ! クラピカ!」
自分たちがいるのはホテルの2階ロビー。仲間達が見守る中、ゴンは雨の伝う窓を勢いよくスライドさせ、躊躇うことなく外へと飛び出した。
「リジィっ!!」
ビルの下で彷徨っていたリジィは、自分を呼ぶ声に顔を上げた。最近は下ばかり見ていたような気がするけれど、視界に映る彼は、鳥のように両手を広げて地面に降りてきた。
「やっぱりリジィだ! 良かった、あいつらのとこから逃げられたんだね」
ここに皆がいるよ。手を引いて建物の中に入ろうとするゴンだったが、リジィは躊躇い、その場から動くことが出来ずにいた。
やがて、他の3人が階下へと降りてきた。雨に濡れたリジィを気遣いレオリオがフロントで借りたタオルをかけてくれたが、彼女は一向に声を出すことはなかった。
「リジィ……? どうしたの?」
ゴンが心配そうに顔を覗き込むが、リジィは俯いたまま、そっと右手を喉元へ持っていく。その様子を見たクラピカは、小さく問いかけた。
「もしかして……声が出ないのか」
「なっ!?」
レオリオが驚いて大きく反応するが、ゆっくりと頷いたリジィにクラピカが続けて「奴らの能力か」と尋ねた。それには首を横に降ったので、今度はそれまで黙っていたキルアが尋ねる。
「じゃあ、自分の能力?」
「……」
再び、頷く。
「それが君の、制約か」
それなら時間が経てばじきに戻るだろう。そう言うと、クラピカは全員にホテルの中に戻るよう促した。
「リジィ。……君も」
3人がホテルの中に入ったのを確認して、クラピカはリジィに手を差し出した。遠慮がちに重ねられた手は、指先まで冷え切っていた。
「リジィ。俺たち、旅団を捕まえるよ」
「……!?」
「勿論、これは俺たちが勝手に決めたことだから、リジィは奴らから逃げることだけ考えてよ」
ようやく檻から抜け出せたのだ。もう二度と、奴らと対峙する必要などない。ゴンの気遣いに、リジィは膝の上に置いた拳を人知れず握る。
自分一人を置いて作戦会議をすすめる彼らに、リジィは寂しい気持ちよりも憤慨して、怒声を上げる代わりに勢いよくテーブルを叩いた。
「……っ、リジィ?」
友達だと言ってくれたのに。
「な、何だよいきなり!?」
ともにハンター試験を乗り越えた仲間なのに。
「リジィ」
自分だって、まだ戦えるのに。
――私も、行く。
開いた唇からはただ空気が漏れただけであったが、それでも仲間たちは彼女の想いをしっかり受け取った。
「……奴らの前に、自分から姿を晒すことになるんだぞ」
それでも、誰かに委ねるには重すぎる。
戦えなくても、力になれなくても、苦しくても、すべてを見届ける必要があった。
そうでなくては、前に進めないと、わかってしまったから。