「わ、わぁ……」
華月の舞台でお辞儀する二人の先輩達へ向けて、周囲と同じように心から拍手を送る。本当に、二人の漫才はプロ顔負けの面白さだ。
「いつ見ても面白いわぁ」
「……そうか? 俺は別に、よう笑われへんけど」
「財前君が無感情なだけやないの。私は普通に、面白かったけど」
「無感情って」
楽しくないならついて来なければいいのに。そう言ってやれば「よう言うわ」と鼻で笑われた。
「先輩らの客を巻き込む漫才、名指しされて慌てふためいてたの誰や」
「そ、れは……」
「俺が助け舟出さんかったらさん、今頃顔から湯気出して気絶してたんとちゃうか?」
「そんなことないわ!」
財前君の意地悪にまんまと挑発されて顔が紅潮する。抗議しようと立ち上がってみたが、先程財前君が言った通り顔から湯気が出てきそうなくらいに熱かった。
「……あかんわ、熱上がってきた」
「えっ」
ふーっと息を吐きながら席に座りなおすと、意外にも財前君は驚いた様子で私の額に手を当ててきた。
「だ、大丈夫なんか」
「何やの、それ」
自分からけしかけておいてその慌てようが何だかおかしくてつい笑ってしまう。肌に触れた財前君の手が冷たくて気持ち良い。
「いつものことや」
「せやけど」
「もう、そろそろ出よ。長居しとると、視線がイタいわ」
付き合っているとは言っても相手は財前君だしあまりラブラブとは言い難い空気だけれど、時々変に甘やかしてくるので調子が狂ってしまう。
舞台の片付けが始まったのを合図に、財前君を促して外へと出た。教室へ続く廊下を歩きながら、華月で観た風景を思い出して感嘆する。
「それにしても金色先輩と一氏先輩はやっぱりすごいなぁ」
「そんなにあの漫才良かったん?」
「や、ネタやなくて……あの度胸とか。ステージに立って、あんなに大勢の前で堂々としてられんのは、やっぱり才能とちゃうかな?」
私の話を聞いて財前君はああと納得した様子だった。けれど、少し呆れたようにして続ける。
「あんなぁ、謙也さんの次はあのお笑いコンビか? ジブン、目標設定おかしない?」
「も、目標は高い方がええって……!」
「誰が言ったん?」
「……忍足先輩」
やっぱなぁ、と財前君は溜息。何となく言われるであろうと想像はついたが、それでも放送委員会である私にとって、忍足謙也先輩のように堂々と校内放送出来るようになることはこの学校生活最大の目標なのである。
「……もう、応援してくれへんの?」
「……」
「財前君は、一番に応援してくれると思っとったわ」
「アホか、当たり前やろ」
それは、どっちの意味で? それを尋ねる前に、隣から伸びてきた手に腕を掴まれる。
「アンタを一番に見とるんは、俺や」
「……ざい、」
サボっているせいで他の運動部の人よりも日に焼けていない肌がじわじわと赤みを帯びていく。何と声をかけて良いかわからなくてとりあえず名前を呼ぼうと口を開いた瞬間。
「あらぁ?? 見せつけてくれるやないのぉ?」
「!!?」
からかい口調で現れたのは、先ほどまで舞台上でお笑い漫才をしていた金色先輩と一氏先輩だった。
「全く光ってば、素直やないんやから」
「もっとちゃんと愛情表現したりや、俺と小春のようにな!」
「先輩ら、ホンマうざいっすわ」
吐き捨てるように言い放つ財前君の頭を二人掛かりでわしゃわしゃと撫で回しながら、「ちゃんもね」ぼんやりと眺めていた私を巻き込もうとする。
「えっ」
「光はこの通り素直やないから、ちゃんから攻めていかなあかんよ?」
「せ、攻め……っ!?」
「そないな話、さんの前でせんといてください」
財前君がずいっと私と金色先輩の間に割り込んだ。背を向けているので私からは財前君の表情は見えないけれど、面白くない、という様子がうかがえる。
「……はぁ。先輩らが、自分らの漫才見に来いゆうて無理やりさんを誘わんかったら俺かて絶対に来んかったわ」
「何よぉ。アタシが誘ったのはちゃんやのに、あんたが勝手についてきたんやないの。光ったら寂しがり屋さん」
「……」
金色先輩の言葉に言い返すこともせず、彼は暫く黙っていたが、やがて、私の手を引いて踵を返した。
「……行くで、」
「えっ、あっ、う、ん……え?」
突然のことに思考がついていかなかったけれど、理解した瞬間に顔が熱くなった。彼に下の名前を、呼ばれたのだ。
「ざ、財前く……えっと」
手を引かれて華月から離れる。金色先輩と一氏先輩があらあら、と口に手を当てて私達を見送っていた。財前君の赤い耳が目に入った。
「もう絶対に行かん」
「……私はまた行きたいけどな」
「アホゆうなや、また絡まれるわ」
「それは財前君がいるからや」
さっきから溜息ばかりの財前君にぽろりと本音が漏れる。瞬間じろりと睨まれてしまい肩をすくめる。
「俺が邪魔やて?」
「別にそうは……ゆうてへん」
「けどそういう事やろ」
完全に拗ねてしまった財前君。こういうときは彼女としてどうしたら良いんだっけ? そうだ、私は知ってる。
「光君」
ぴくり、大きく反応を示す。
「助けてくれるのはほんまに嬉しいわ。けど、無理してまで私に付き合う必要はないよ」
好きなものが違う。性格だって違う。だからこそ惹かれたのだ。
「忍足先輩とか、金色先輩達みたいになる。いつになるかわからへんけど、絶対なる。だから光君も応援してや」
応援だけでいい、それからは自分で何とかするから。
「アホ、一生無理や。あの人らはもう、別人種や」
「ええ……!?」
いつか財前君みたいに、自分の意見をはっきり言えるようにもなりたいものだ。